出された手紙
わたしの夫となった男は明るく快活な人間だと世間からは思われていて、仕事仲間だった頃のわたしも漠然とそんな印象を抱いていたけど、家の中では傍若無人で少しでも気に入らないことがあると暴力を振るってきた。夫のことを”主人”って呼ぶ馬鹿げた日本語そのままの暴君として、わたしを車やパソコンと同じような所有物として扱い、思い通りに動かない時は当たり前のように叩いた。
死なない程度に首を絞められたり殴られて鼻の骨を折ったりすることは耐えられる。わたしには高校時代の経験があったから。
やっと明確な憎悪を抱けたのは妊娠しているお腹を何度も何度も蹴られた時。
そんな夫も病室でわたしに謝ってからは少し穏やかになったけど、月に一回くらいはあった夜の営みは皆無となり、出張で家を空けることが異常に増えた。
それでも離婚はさせて貰えない。仲人を頼んだ根岸部長が今では取締役になっているからなのか、いらなくなったオモチャでも他人にはあげたくないのか、外面を保つ為に負の感情をぶつける相手が必要なのか、わたしにはさっぱり分からないけど、そこに愛情が無いことだけは確かだ。
彼は奥さんを愛している。そんなことは分かっていた。「いつも喧嘩ばかりしてるよ」と告げた顔はとても幸せそうだったから。
わたしが夫の殺害計画を考え始めたのは同窓会よりずっとずっと前からだ。その解体方法と隠蔽方法を考えるのがわたしの生き甲斐だった。この計画なら絶対に誰にも見つからない自信がある。
だからこそ、彼だけにはわたしの中の狂気を知って欲しかったのかも知れない。そして、わたし自身もそう信じたかったのかも知れない。自分が狂っていると思っている狂人などいないというのに。
街灯に照らされた赤いシルエットの前で立ち止まり、右手に持っていた封筒をその口に飲み込ませる。
私の元から離れてしまった手紙。後悔はしていない。これが最初で最後なのだから。
まだ冷たさを残している風に誘われて夜空を見上げ、ポッカリと空いた白い穴と黒く染まった自分の手を眺めた。