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大好きな祖母の死を乗り越えて

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 杏子が病室に着いたとき、祖母は既にとき遅く死んでいた。
 ベッドに眠るように横たわる祖母がいた。まわりにいる親戚が死んでいると言っても、信じられなかった。眠っているようにしか見えない。
杏子は「おばあちゃん、眠っちゃだめよ! 起きて!」と言いながら、祖母の体を揺すった。
それを制したのは、祖母の妹である。
「あのね、杏子ちゃん、死ぬとき、おぼあちゃんは“杏子ちゃんは元気か?”と言っていたわよ」と言うと、杏子は泣き崩れた。
 人は生きて、人は死ぬ。ずっと前からそうだったし、これからも変わらぬこと。そんなことは杏子もずっと前から分かっていた。が、いざ、祖母の死を目の当たりにしたとき、不思議でならなかった。 どうして死んだか。杏子はそればかりを考えていた。考えても答えは出てこなかったが。心の中に大きな空洞ができた。とてつもなく大きな空洞が。
 
葬儀がしめやかに終わり、四十九日もすんだ。あっという間だった。杏子には、まるで別世界の出来事のように感じた。自分が自分でないような感じがした。傍目から見ても、杏子の変わりようが異様に映った。話しかけても、上の空。喜怒哀楽もあまり示さない。仲の良い友達が心配して、温泉にでも行こうと声をかけてくれたのは、もう秋も終わろうという頃である。
「そろそろ、温泉に行くかどうか決めなさいよ」
「やっぱり、行くのは、気が進まないから止めるわ」
「何を言っているのよ! あなたのために企画したのに」
「そうね、ごめんなさい」と杏子はぽろぽろと涙をこぼした。
「涙もろくなったのね」
「そうなの。おばあちゃんが死んでから、そうなったの。葬式のとき涙がそんなにこぼれなかったのに」
「ご飯はちゃんと食べているの?」
 杏子は首を振った。
「だめよ。ちゃんと食べないと」
 杏子は頷いた。
「ごめんね。和子、もう少し、一人でいたいの。自分の気持ちを整理したい」
 祖母が死んだときにぽっかりと心に穴が開いた。それは自分の中にあるのに、どうしようもこともできない。自分の手や足を失ったときも、こんな感じになるのだろうかと杏子は考えたりもした。
 夢を見た。祖母がいる夢を。
――夢の中では杏子は子供だった。笑みを浮かべた祖母、子供で泣いている自分。大きな手をしている。

 杏子は着物教室をしばらく閉めることにした。ただ一日中ぼんやりしていた。
 人は死ぬ。当たり前のことだ。当たり前のことをどうやって受け入れたらいいのか、杏子はまだ分からなかった。この世にはいないという現実。けれど、心の中には笑顔も温もりも覚えている。何もかも生きている人間と変わりない。いないという現実とどう向き合えばいいのか。
 こういった喪失感は前にもあった。諸橋と別れさせられたときもそうだった。あのときは若かった。自分の中から湧き起こるものがあった。悲しみから抜け出せたのは、今から思えばあてもない希望だった。『この世の中には星の数ほど男がいる』と祖母が励ましてくれた。いつしか自分も彼以上の男が現れると信じるようになった。きっと、それも若かったからできたのだ。だが、あの頃と今は大きく違う。もう自分を自分で支えられるほど若くはない。
自殺しよう。その言葉が杏子の脳裏を時折現れては消える。以前は自殺など弱い人間がすることと笑っていた。けれど、今は違う。人間は弱いのだ。その弱さと直面せざるえない状況に追い込まれる人と、それを経験せずに生きられる人がいるだけなのだと杏子は思う。
 
諸橋の友人である立川に会った。正確にいえば、立川の方から会いに来たのである。立川も高校教師だ。諸橋と杏子の秘密の関係を知る数少ない一人でもある。
 諸橋は杏子と別れされた後、失意のまま故郷の京都に帰ったという。
「彼は今も独身だよ。この前が久しぶりに電話をしたら、君が着物教室を開いている情報をどこから仕入れたみたいで、暇があったら、様子を見てほしいと言われたので来た、そして、君がもし独身なら、彼が会いたいと伝えてくれとも頼まれた」
 杏子は胸の中が熱くなった。少しだけだが。それもすっと消えた。ほんの一瞬のことだった。
 杏子は首を振った。
「忘れてくださいと伝えて。昔の杏子はもういませんと言ってください」
「そう言うよ」
「もう死んだの、別れたときに、そう自分に言い聞かせたの。そうしなかったら――」
 そのとき気づいた。おばあちゃんを失った悲しみを忘れなければ、生きていけないと。まだ、死ねない。天にいるおばあちゃんに花嫁衣裳の姿を見せるまでは――。つらいけど忘れなければ。そう言い聞かせて席を立った。
 杏子が再び着物教室を開いたのは、その数日後のことである。