砂色世界の救命師
「あの時、お前はそれを患者に投与した。それでも、あの患者は死んだ……。だから、あの時お前が言ったこと、信じられるぜ」
用件とはこのことだったのか。ユウシは席を立つと、入り口へと歩き出した。
「しっかし、俺ももうダメかもしれねえな。強心剤のことすっかり忘れてたとは。今の医者に教えられるなんて、もう俺も商売やめないといけないってことか?」
自嘲に似た笑いを含みながら、ユウシは戸を開けた。やつの言ったとおり、砂嵐は前より強くなってきているようだ。
「ユウシ、お前、どうしてサシの心臓が悪いと……」
「……感情が高まった人間に、目の前で息苦しそうにぶっ倒れられたら、誰だってわかるよ。じゃ」
フードを下ろし、口元を布で隠す前、ユウシのこぼした声が、なぜか澄んで聞こえた。
「スラナ、お前が完全に今の医者になったんじゃないようで、安心したよ」
俺はまだ、一人じゃないんだな――。
そう思っているように、聞こえた。
「兄さん……。患者……って? 兄さんのとこに、あの人が来たの?」
サシには、ユウシが来たことは話していなかった。ずいぶんと嫌っているようだったから。
「ああ……。話すか?」
「うん」
「よし、じゃあ片付け終わらせたらな」
そう言い、俺はサシを片付けに戻らせた。手の中の小ビンを、上着のポケットに戻す。
人を救う道は、一つじゃない、か……。
俺は完全に今の医者になったわけじゃない。……確かにそうだ。もしそうなら、サシが心臓の病で苦しみ、死にそうになったら、迷わず静かな死を遂げさせようとする。だが俺がそうじゃない証拠に、俺はサシを少しでも生かそうと、あれをいつも持ち歩いてるんじゃないか。
だがそれは……肉親だからじゃないのか? いや、違う。あの時ほぼ無意識に、俺はあれを患者に与えていた。じゃあ、俺は…………
「兄さん、終わった! 話聞かせて! あのユウシって人、兄さんのとこに来て何してったの?」
「じゃあ、教えてやるから座ろう」
今考えるのはよそう。考えたところで、すぐ答えが出るような問題じゃない。
「ユウシとな、手術ってやつを、やったんだ……」
あの人間は死んでしまった。でも、自分は命を生かそうとしたんだという話を聞かせるだけで、なんだか誇らしかった。
それは、俺の中にユウシと同じ “生かすこと”の悦びが、いまだ残っている証なんだろう。