海竜王 霆雷 顔見せ1
複雑な気分だ、と、友人は苦笑した。自分が育児に手を貸した子供が、伴侶を見つける年齢になったということが、どれほどの時間が経過したのかを教えるからだ。
「だいたい、俺は、おまえがちびだった頃から知っているんだぞ? それが、そのちびが、また、その次のちびを育てるなんて・・・・」
「失礼なヤツだ。ちびって・・・おまえ、何百年前のことを言ってるんだよ? バカ牛。俺は、七百を越えたんだぞ。」
友人の言葉に大ウケで笑ってしまう。確かに、付き合いが始まったのは、自分が、まだ子供だった頃だが、あれから、いろんなことがあって、互いに成長した。かなり年上の友人は、それでも、まだ壮年と呼ぶには早い年齢だ。老成したことを言われても、笑うしかない。
「だが、考えてみろよ。しくしく泣いてたちびが、今や押しも押されぬ水晶宮の主人殿だ。俺も年を取ったと感慨深いものがある。」
「おまえだって、とんでもなかったじゃないか? だいたい、敵対した一族のとこへ一直線で飛び込んでくるか? ああ? 」
「あれは、おまえが悪いんだろう。無茶しやがるから、俺は慌てた結果だ。」
過去、とんでもない約定を結んだ。それを履行したら、取るものもとりあえず、慌てて破棄しにやってきたのだ、この友人は。そのお陰で、彼は、簒奪という形で、自分の一族の頂点に立つことになった。黙っていれば、そのまま、頂点に立てたかもしれなかったのに、だ。破棄した約束は、すでに成り立たない。自力で、それをやってしまったからだ。だが、それでも、思うことはある。
「なあ、彰。」
「ん? 」
「俺の逆鱗な、ちびを育てたら、おまえにやるよ。」
「はあ? 」
「たぶん、俺は、おまえよりは短命だからな。友好の証に、そっちの一族で代々、管理するといい。」
二千年以上の寿命を持つ龍ではあるが、たぶん、妻の寿命を考えれば、自分は、友人よりは長く生きていない。妻が身罷る時に、自分も一緒に冥界へ向かうつもりだからだ。妻は、友人より年上だ。そう考えたら、自分は、友人より長生きすることはない。
「ちゃんと連絡してやるから取りに来いよ、バカ牛。」
「じゃあ、俺の角を、ここに贈るとしよう。美愛にでも取りに来させてくれ。」
もちろん、その意味を理解している友人も、少し頬を歪めただけで頷いた。逆鱗はひとつしかない。そして、それを剥がすことができるのは、その龍が死んでいることを意味する。同様に、シユウの角も、同じことだ。だから、そうすることで、後々の世代のものが、争うことがないように残す。
「くくくくく・・・・なかなかおもしろいぞ、それは。」
「そうだな。彰のガキも早く拝ませろよ。」
「おお、そうだ。おまえのとこの小竜の友人には最適な相手だろうよ。さっさと作るとしよう。」
「・・・・おまえ・・・霆雷の友人って・・・生半可な牛だと死ぬぞ。」
「ははははは・・・確かにな。あの小竜には、最強のシユウでなければならんだろうさ。」
そんなたわいもない話をしていたら、当人が、突然に跳んで来た。どすんと、彰の腹の上に落ちてくる。
「なあ、牛。遊んでくれ。」
そして、怖がる素振りもなく、いきなり、遊べとか言う。普通は、かなり怖い人相の相手なのだが、水晶宮の小竜は、そんなものは気にしていないらしい。
「霆雷、それが物を頼む態度か? このガキは礼儀も何もないな。」
「頼んでない。あんたが一番暇そうだったからだ。」
「おまえの親父も暇だと思うが? 」
のんびりと、私宮の庭で、ふたりして寝転んでいたのだ、どちらも暇だと、彰は思う。
「あー親父はなあ。今から、五月蝿いのが来るんだ。」
そう言って、小竜は、父親のほうへ、「公宮が騒がしいぞ。」 と、告げてくれた。自分と同じように、この水晶宮の全域の動向を把握している小竜は、たぶん、父親が連れて行かれるから、代わりに、彰の相手に来てくれたらしい。
「誰だ? 霆雷。」
「孤雲が、季迪のじいちゃんと来る。」
「おまえ、相国を呼び捨てにするなんていい度胸だな? 」
「殴られるのは慣れたさ。・・・親父が優しすぎるんだ。」
躾けということで、この小竜に対して、みな、ぼかすかと殴っている。なにせ、元気一杯の小竜だ。とんでもないことをやってくれるから、言葉でなんて嗜めている場合ではない。先日も、接見の間へ乱入して、訪問してくれた朱雀の長をびっくりさせてしまった。突然に現れるのだから、誰だって驚く。父親は、殴るより相手に非礼を詫びて、それから、霆雷に、なぜ、いけないのかを説明したが、傍に居た衛将軍は、それよりも、さっさと殴って表へ連れ出していた。さらに、左右の将軍が、バカスカと殴って、公の席に子供が乱入するなんて、もってのほかだと叱ったのだが、当人は、泣きもしなかった。
「優しすぎる? なんだ、俺に叱られたくて、あんなことしていたのか? それなら、そう言ってくれ。」
そして、父親のほうも気にしていない。非礼について詫びるが、別に、叱る場面だとは思っていなかったのだ。
「いや、あんたのは堪えるからやめてくれ。」
「なら、やるなよ。」
生命の危機や相手に対して危害を加えるようなことについては、父親も容赦ない。本気で叱る場合、かなりシビアに痛い目にあわせる。その場合は、霆雷も泣いて謝るのが常だ。それについては、誰も取り成してくれない。
「あんまり本気で怒らせるなよ、小竜。こいつは、怖いんだぞ。」
その実態をよく知っている彰は苦笑している。見た目に大人しいが、実は気が短いので、とんでもないことをやるからだ。
「おまえに言われたくない。」
言われているほうも苦笑して起き上がった。空からやってくる相国と大司馬の姿が目に入ったからだ。ついでに、背後から、とんでもないのがやって来ているのも了承済みだ。
「威が来たぞ、彰。」
「なんだ、俺が来たことを嗅ぎつけやがったのか。」
彰のほうも、小竜を腹に乗せたまま起き上がる。
「しかし、珍しいな。表から来たのか? 」
「まったくだ。」
威は、基本的に、隠し扉から現れる。主人殿の友人だから、表から入る必要はないからだ。それが、わざわざ、そちらからやってきたということは、公式の用件があったのだろう。
「おまえら、俺に黙って連るむんじゃないっっ。おい、彰。ここに挨拶に来るより、うちが先だろうがっっ。」
相国と大司馬を飛び越えて、やってきた威は、仁王立ちで、座っているふたりを睨む。
「挨拶には出向いたぞ。それから、ここに顔を出した。」
彰だって、天宮に、自分がシユウの長となったことは報告した。それから、すぐに、こちらへ挨拶に出向いている。順序は間違っていない。
「俺には挨拶しなかったじゃないかっっ。百年も無視しといて、深雪とだけ連絡をとってただけでも大罪だっっ。」
「別に、連絡なんてしてないよ、威。」
「ていうか、天宮に、おまえがいなかっただけだろ? 」
ちょうど、威はいなかったのだ。だから、報告を済ませて、早々に退散してきた。その時に伝言だけはしてきたので、失礼はしていない、というのが彰の言い分だ。
「待ってろよ、そういう時は。」
「はあ? 別にいいだろう。そこまでしなくても。それに、俺は、深雪と早く会いたかったからな。」
「だいたい、俺は、おまえがちびだった頃から知っているんだぞ? それが、そのちびが、また、その次のちびを育てるなんて・・・・」
「失礼なヤツだ。ちびって・・・おまえ、何百年前のことを言ってるんだよ? バカ牛。俺は、七百を越えたんだぞ。」
友人の言葉に大ウケで笑ってしまう。確かに、付き合いが始まったのは、自分が、まだ子供だった頃だが、あれから、いろんなことがあって、互いに成長した。かなり年上の友人は、それでも、まだ壮年と呼ぶには早い年齢だ。老成したことを言われても、笑うしかない。
「だが、考えてみろよ。しくしく泣いてたちびが、今や押しも押されぬ水晶宮の主人殿だ。俺も年を取ったと感慨深いものがある。」
「おまえだって、とんでもなかったじゃないか? だいたい、敵対した一族のとこへ一直線で飛び込んでくるか? ああ? 」
「あれは、おまえが悪いんだろう。無茶しやがるから、俺は慌てた結果だ。」
過去、とんでもない約定を結んだ。それを履行したら、取るものもとりあえず、慌てて破棄しにやってきたのだ、この友人は。そのお陰で、彼は、簒奪という形で、自分の一族の頂点に立つことになった。黙っていれば、そのまま、頂点に立てたかもしれなかったのに、だ。破棄した約束は、すでに成り立たない。自力で、それをやってしまったからだ。だが、それでも、思うことはある。
「なあ、彰。」
「ん? 」
「俺の逆鱗な、ちびを育てたら、おまえにやるよ。」
「はあ? 」
「たぶん、俺は、おまえよりは短命だからな。友好の証に、そっちの一族で代々、管理するといい。」
二千年以上の寿命を持つ龍ではあるが、たぶん、妻の寿命を考えれば、自分は、友人よりは長く生きていない。妻が身罷る時に、自分も一緒に冥界へ向かうつもりだからだ。妻は、友人より年上だ。そう考えたら、自分は、友人より長生きすることはない。
「ちゃんと連絡してやるから取りに来いよ、バカ牛。」
「じゃあ、俺の角を、ここに贈るとしよう。美愛にでも取りに来させてくれ。」
もちろん、その意味を理解している友人も、少し頬を歪めただけで頷いた。逆鱗はひとつしかない。そして、それを剥がすことができるのは、その龍が死んでいることを意味する。同様に、シユウの角も、同じことだ。だから、そうすることで、後々の世代のものが、争うことがないように残す。
「くくくくく・・・・なかなかおもしろいぞ、それは。」
「そうだな。彰のガキも早く拝ませろよ。」
「おお、そうだ。おまえのとこの小竜の友人には最適な相手だろうよ。さっさと作るとしよう。」
「・・・・おまえ・・・霆雷の友人って・・・生半可な牛だと死ぬぞ。」
「ははははは・・・確かにな。あの小竜には、最強のシユウでなければならんだろうさ。」
そんなたわいもない話をしていたら、当人が、突然に跳んで来た。どすんと、彰の腹の上に落ちてくる。
「なあ、牛。遊んでくれ。」
そして、怖がる素振りもなく、いきなり、遊べとか言う。普通は、かなり怖い人相の相手なのだが、水晶宮の小竜は、そんなものは気にしていないらしい。
「霆雷、それが物を頼む態度か? このガキは礼儀も何もないな。」
「頼んでない。あんたが一番暇そうだったからだ。」
「おまえの親父も暇だと思うが? 」
のんびりと、私宮の庭で、ふたりして寝転んでいたのだ、どちらも暇だと、彰は思う。
「あー親父はなあ。今から、五月蝿いのが来るんだ。」
そう言って、小竜は、父親のほうへ、「公宮が騒がしいぞ。」 と、告げてくれた。自分と同じように、この水晶宮の全域の動向を把握している小竜は、たぶん、父親が連れて行かれるから、代わりに、彰の相手に来てくれたらしい。
「誰だ? 霆雷。」
「孤雲が、季迪のじいちゃんと来る。」
「おまえ、相国を呼び捨てにするなんていい度胸だな? 」
「殴られるのは慣れたさ。・・・親父が優しすぎるんだ。」
躾けということで、この小竜に対して、みな、ぼかすかと殴っている。なにせ、元気一杯の小竜だ。とんでもないことをやってくれるから、言葉でなんて嗜めている場合ではない。先日も、接見の間へ乱入して、訪問してくれた朱雀の長をびっくりさせてしまった。突然に現れるのだから、誰だって驚く。父親は、殴るより相手に非礼を詫びて、それから、霆雷に、なぜ、いけないのかを説明したが、傍に居た衛将軍は、それよりも、さっさと殴って表へ連れ出していた。さらに、左右の将軍が、バカスカと殴って、公の席に子供が乱入するなんて、もってのほかだと叱ったのだが、当人は、泣きもしなかった。
「優しすぎる? なんだ、俺に叱られたくて、あんなことしていたのか? それなら、そう言ってくれ。」
そして、父親のほうも気にしていない。非礼について詫びるが、別に、叱る場面だとは思っていなかったのだ。
「いや、あんたのは堪えるからやめてくれ。」
「なら、やるなよ。」
生命の危機や相手に対して危害を加えるようなことについては、父親も容赦ない。本気で叱る場合、かなりシビアに痛い目にあわせる。その場合は、霆雷も泣いて謝るのが常だ。それについては、誰も取り成してくれない。
「あんまり本気で怒らせるなよ、小竜。こいつは、怖いんだぞ。」
その実態をよく知っている彰は苦笑している。見た目に大人しいが、実は気が短いので、とんでもないことをやるからだ。
「おまえに言われたくない。」
言われているほうも苦笑して起き上がった。空からやってくる相国と大司馬の姿が目に入ったからだ。ついでに、背後から、とんでもないのがやって来ているのも了承済みだ。
「威が来たぞ、彰。」
「なんだ、俺が来たことを嗅ぎつけやがったのか。」
彰のほうも、小竜を腹に乗せたまま起き上がる。
「しかし、珍しいな。表から来たのか? 」
「まったくだ。」
威は、基本的に、隠し扉から現れる。主人殿の友人だから、表から入る必要はないからだ。それが、わざわざ、そちらからやってきたということは、公式の用件があったのだろう。
「おまえら、俺に黙って連るむんじゃないっっ。おい、彰。ここに挨拶に来るより、うちが先だろうがっっ。」
相国と大司馬を飛び越えて、やってきた威は、仁王立ちで、座っているふたりを睨む。
「挨拶には出向いたぞ。それから、ここに顔を出した。」
彰だって、天宮に、自分がシユウの長となったことは報告した。それから、すぐに、こちらへ挨拶に出向いている。順序は間違っていない。
「俺には挨拶しなかったじゃないかっっ。百年も無視しといて、深雪とだけ連絡をとってただけでも大罪だっっ。」
「別に、連絡なんてしてないよ、威。」
「ていうか、天宮に、おまえがいなかっただけだろ? 」
ちょうど、威はいなかったのだ。だから、報告を済ませて、早々に退散してきた。その時に伝言だけはしてきたので、失礼はしていない、というのが彰の言い分だ。
「待ってろよ、そういう時は。」
「はあ? 別にいいだろう。そこまでしなくても。それに、俺は、深雪と早く会いたかったからな。」
作品名:海竜王 霆雷 顔見せ1 作家名:篠義