篠原 入院
研修から帰ったら、直属の上司が出迎えてくれるはずだった。だが、直属の上司は入院した、と、説明されるに至って、直属の上司でない上司の顔を睨んだ。
「ただ、『入院した。』では、意味がわかりません。詳細を話してください。」
「別に大したことじゃない。とりあえず、若旦那は、しばらく休みだ。それから、見舞いに行かなくてもいいぞ。」
「なぜでしょう? 僕は、しのさんの管理を任されているはずです。」
「行っても、無駄だ。どうせ、寝込んでるからな。」
なんていうか、この上司はぶっきらぼうの紋切り型でしか会話しない。何があって、そうなったのかなんて説明はしてくれないのが常だ。
「わかりました。こちらで調べろってことですね。」
「知りたければ、りんにでも聞け。俺は、もう知らん。」
毎度の事ながら、説明はない。そこで、別の上司を掴まえて説明を求めたら、なんだかとんでもないことになっていることが判明した。
「査問委員会並みの糾弾大会? 誘拐未遂? はあ? 」
「有体に言うと、そういうことだ。二時間やられて、ストレスフルになった若旦那がぶっ倒れたから、大旦那が病院へ担ぎ込んだ。これで一件落着かと思いきや、その糾弾大会が出張しやがった。で、その後、今度は若旦那を拉致しようと押しかけられたんだが、これは間一髪で阻止された。以上。」
「誰が、そんなことをっっ。」
「オンブズマンの方々だ。・・・・てか、八割方は新鋭艦の乗員の遺族。」
「え? 」
「おかしな話だろ? 」
ふんっと鼻先で笑って大番頭という通称の上司は、パソを操っている。新鋭艦は、先の戦闘で敵に破壊された。別に、直属の上司は、それに関与していない。
「もちろん、建造プロジェクトには参加してたからな。新鋭艦の瑕疵があったって話なら、一個人への糾弾なんてしないし、責任者は俺も、そうだから、俺にも話がくるはずなんだ。」
「はあ。」
「・・・・意図的にやられたって感じだ。ただいま、そこいらの事実確認してるとこだ。」
「それで、しのさんは、どうなんですか? 」
「それを、俺に尋ねるのはお門違いだろ? 」
この上司は、なぜか、直属の上司の見舞いに行かない。だから、若旦那の状態なんぞ知らん、と、切り捨てられる。僕の上司は四人。全員が、元の職場が同じなので結束は固い。ついでに、言葉がアバウトでわかり辛い人たちだ。直属の上司だけは、そんなことはないのだが、他の三人は、部外者にわからないように話すクセかある。
・
結局、何があったのか教えてくれたのは、直属の上司の主治医だ。病状の確認がてらに出向いたら、「まあ、言い難いんじゃないか。」 と、苦笑して教えてくれた。
「なんで、そんな出まかせが事実になってるんですかっっ。しのさんは、VFの技師長で・・・大怪我で療養してたっていうのが事実なのに。」
「それを意図的に抜かして教えられたそうだ。新鋭艦の建造を手抜きでやって、それが簡単に撃破されて手抜きが発覚しそうになったから雲隠れしてたってことになってたんだ。・・・・・有り得ないだろ? まあ、事実は隠蔽されてたから捏造し放題といえば、そうなんだ。うちの弟が記憶障害引き起こしてたっていうのは、今でも知られていないことだからな。そこを突かれた。それは、今も発表できることじゃない。」
「・・・あ・・・・」
「それだけじゃないんだけどな。おいおいに義行も説明すると思うけど、それを仕掛けて拉致しようとしたっていうのが本命だと思う。だから、言い難いんだと思うよ。細野君、そこいらの事情は、あまり知らないからな。」
「しのさんを拉致しようとする人がいるってことなんですか。」
「そう、そういう迷惑な人がいる。・・・・義行のとこへ顔は出してもいいけど、そこいらは聞かないでくれよ? 」
いつもの部屋は、ちょっと壊されたので違う部屋にいるからな、と、主治医は部屋の場所を教えてくれた。
・
・・・なんていうか、複雑な人なんだよなあ・・・・・
・
最初から不思議な人だとは思っていたが、まだまだ僕の知らないことがあるらしい。元々、僕の直属の上司は経歴が、唐突に科局の見習いから始まっていて、それ以前のものは公開されていない。初対面の時に、ゲームセンターを知らなくて、僕が案内したら驚いていたような世間知らずな人だったからだ。
・
病室は静かだった。いつもより少し狭い部屋で、誰もいなかった。ベッドへ声をかけたら返事が戻って来た。
「・・・・・おかえり、どうだった? 」
「〆のレポートが強烈で泣きそうでした。」
「提出したんだろ? 」
「ギリギリでしたが出しました。でも・・・あれはダメです。意味が自分でもわからなくて・・・研修に行かせてもらった意味がありません。」
僕の言葉に上司は、ケラケラと笑った。それでいいんだよ、と、言う。
「わからないということが、わかっただろ? テキスト持っておいでよ、僕が説明してあげるからさ。」
「いえ、しのさん・・・・ここで、そういうのは・・・・」
「大丈夫。ちょっと左手にヒビが入ってるだけ。・・・・もう、それだけなんだけど、先生が怒ってて出してくれないんだ。」
ニコニコと僕の上司は笑っているが、どう見ても、それだけじゃないだろう。足につけられている点滴とか器具は、食事が摂れていないからのことだし、左手のヒビっていうのも、それだけという事態ではない。元々、僕の上司は右手もリハビリ中で、うまく動かないのだ。それってことは、両手が不自由だということになる。
「・・・・しのさん・・・それだけなんて事態じゃないでしょっっ。両手不自由で、食事もしてないくせに、何言ってんですかっっ。」
僕が怒鳴ったら、ちょっとびっくりしてから、上司はへらっと笑って、「バレた? 」 なんておっしゃる。
「バレるも何も、こんな状態で退院できるってほうがおかしいんですっっ。」
「すっかり、細野も医学知識が身についたんだね。すごいなあ。」
「褒めてる場合ですかっっ。」
「いや、だって・・・・細野が来てくれて嬉しいから。」
「誤魔化そうったって、そうは問屋が卸しませんよっっ。・・・・・・僕は頼りないかもしれませんが、あなたの部下なんです。除け者にしないでください。」
そう怒鳴ったら、上司は、ああ、と、気付いた。なぜ、こういうことになったのか、誰も教えてくれなかったのだと理解して、説明してくれた。そして、最後に誤解は解けた、ともおっしゃった。糾弾していた人たちに、ちゃんとした身分と経歴を提示したらしい。
「言いたくもなると思うよ。せっかく新鋭艦に乗務したのに、おんぼろ艦に乗ってたのが生き残って、新鋭艦が破壊されてるんだからね。理不尽だと思うだろうさ。」
「そんなことありません。」
「普通の人には、理解できないことだと思うよ。僕らは当事者だったから、なぜ、新鋭艦が破壊されたか理解しているけど、マスメディアの情報しか拾えない普通の人にはわからないだろ? 」
「ただ、『入院した。』では、意味がわかりません。詳細を話してください。」
「別に大したことじゃない。とりあえず、若旦那は、しばらく休みだ。それから、見舞いに行かなくてもいいぞ。」
「なぜでしょう? 僕は、しのさんの管理を任されているはずです。」
「行っても、無駄だ。どうせ、寝込んでるからな。」
なんていうか、この上司はぶっきらぼうの紋切り型でしか会話しない。何があって、そうなったのかなんて説明はしてくれないのが常だ。
「わかりました。こちらで調べろってことですね。」
「知りたければ、りんにでも聞け。俺は、もう知らん。」
毎度の事ながら、説明はない。そこで、別の上司を掴まえて説明を求めたら、なんだかとんでもないことになっていることが判明した。
「査問委員会並みの糾弾大会? 誘拐未遂? はあ? 」
「有体に言うと、そういうことだ。二時間やられて、ストレスフルになった若旦那がぶっ倒れたから、大旦那が病院へ担ぎ込んだ。これで一件落着かと思いきや、その糾弾大会が出張しやがった。で、その後、今度は若旦那を拉致しようと押しかけられたんだが、これは間一髪で阻止された。以上。」
「誰が、そんなことをっっ。」
「オンブズマンの方々だ。・・・・てか、八割方は新鋭艦の乗員の遺族。」
「え? 」
「おかしな話だろ? 」
ふんっと鼻先で笑って大番頭という通称の上司は、パソを操っている。新鋭艦は、先の戦闘で敵に破壊された。別に、直属の上司は、それに関与していない。
「もちろん、建造プロジェクトには参加してたからな。新鋭艦の瑕疵があったって話なら、一個人への糾弾なんてしないし、責任者は俺も、そうだから、俺にも話がくるはずなんだ。」
「はあ。」
「・・・・意図的にやられたって感じだ。ただいま、そこいらの事実確認してるとこだ。」
「それで、しのさんは、どうなんですか? 」
「それを、俺に尋ねるのはお門違いだろ? 」
この上司は、なぜか、直属の上司の見舞いに行かない。だから、若旦那の状態なんぞ知らん、と、切り捨てられる。僕の上司は四人。全員が、元の職場が同じなので結束は固い。ついでに、言葉がアバウトでわかり辛い人たちだ。直属の上司だけは、そんなことはないのだが、他の三人は、部外者にわからないように話すクセかある。
・
結局、何があったのか教えてくれたのは、直属の上司の主治医だ。病状の確認がてらに出向いたら、「まあ、言い難いんじゃないか。」 と、苦笑して教えてくれた。
「なんで、そんな出まかせが事実になってるんですかっっ。しのさんは、VFの技師長で・・・大怪我で療養してたっていうのが事実なのに。」
「それを意図的に抜かして教えられたそうだ。新鋭艦の建造を手抜きでやって、それが簡単に撃破されて手抜きが発覚しそうになったから雲隠れしてたってことになってたんだ。・・・・・有り得ないだろ? まあ、事実は隠蔽されてたから捏造し放題といえば、そうなんだ。うちの弟が記憶障害引き起こしてたっていうのは、今でも知られていないことだからな。そこを突かれた。それは、今も発表できることじゃない。」
「・・・あ・・・・」
「それだけじゃないんだけどな。おいおいに義行も説明すると思うけど、それを仕掛けて拉致しようとしたっていうのが本命だと思う。だから、言い難いんだと思うよ。細野君、そこいらの事情は、あまり知らないからな。」
「しのさんを拉致しようとする人がいるってことなんですか。」
「そう、そういう迷惑な人がいる。・・・・義行のとこへ顔は出してもいいけど、そこいらは聞かないでくれよ? 」
いつもの部屋は、ちょっと壊されたので違う部屋にいるからな、と、主治医は部屋の場所を教えてくれた。
・
・・・なんていうか、複雑な人なんだよなあ・・・・・
・
最初から不思議な人だとは思っていたが、まだまだ僕の知らないことがあるらしい。元々、僕の直属の上司は経歴が、唐突に科局の見習いから始まっていて、それ以前のものは公開されていない。初対面の時に、ゲームセンターを知らなくて、僕が案内したら驚いていたような世間知らずな人だったからだ。
・
病室は静かだった。いつもより少し狭い部屋で、誰もいなかった。ベッドへ声をかけたら返事が戻って来た。
「・・・・・おかえり、どうだった? 」
「〆のレポートが強烈で泣きそうでした。」
「提出したんだろ? 」
「ギリギリでしたが出しました。でも・・・あれはダメです。意味が自分でもわからなくて・・・研修に行かせてもらった意味がありません。」
僕の言葉に上司は、ケラケラと笑った。それでいいんだよ、と、言う。
「わからないということが、わかっただろ? テキスト持っておいでよ、僕が説明してあげるからさ。」
「いえ、しのさん・・・・ここで、そういうのは・・・・」
「大丈夫。ちょっと左手にヒビが入ってるだけ。・・・・もう、それだけなんだけど、先生が怒ってて出してくれないんだ。」
ニコニコと僕の上司は笑っているが、どう見ても、それだけじゃないだろう。足につけられている点滴とか器具は、食事が摂れていないからのことだし、左手のヒビっていうのも、それだけという事態ではない。元々、僕の上司は右手もリハビリ中で、うまく動かないのだ。それってことは、両手が不自由だということになる。
「・・・・しのさん・・・それだけなんて事態じゃないでしょっっ。両手不自由で、食事もしてないくせに、何言ってんですかっっ。」
僕が怒鳴ったら、ちょっとびっくりしてから、上司はへらっと笑って、「バレた? 」 なんておっしゃる。
「バレるも何も、こんな状態で退院できるってほうがおかしいんですっっ。」
「すっかり、細野も医学知識が身についたんだね。すごいなあ。」
「褒めてる場合ですかっっ。」
「いや、だって・・・・細野が来てくれて嬉しいから。」
「誤魔化そうったって、そうは問屋が卸しませんよっっ。・・・・・・僕は頼りないかもしれませんが、あなたの部下なんです。除け者にしないでください。」
そう怒鳴ったら、上司は、ああ、と、気付いた。なぜ、こういうことになったのか、誰も教えてくれなかったのだと理解して、説明してくれた。そして、最後に誤解は解けた、ともおっしゃった。糾弾していた人たちに、ちゃんとした身分と経歴を提示したらしい。
「言いたくもなると思うよ。せっかく新鋭艦に乗務したのに、おんぼろ艦に乗ってたのが生き残って、新鋭艦が破壊されてるんだからね。理不尽だと思うだろうさ。」
「そんなことありません。」
「普通の人には、理解できないことだと思うよ。僕らは当事者だったから、なぜ、新鋭艦が破壊されたか理解しているけど、マスメディアの情報しか拾えない普通の人にはわからないだろ? 」