小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
ヒロセアリサ
ヒロセアリサ
novelistID. 26564
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

海へ続く道

INDEX|1ページ/3ページ|

次のページ
 
「4」がいつつに「3」と「5」がふたつずつ。可も不可もなく、中二の一学期が終わろうとしていた。
「しんたろーっ、今日市民プール行こうぜ!」
 横着がたたってずっしりと教科書がつまったカバンの底に通知表をしまったとき、少し掠れたような声が僕を呼んだ。それは風邪などといった類のせいではないことに、僕はなんとなく気づいていた。
「今日は市民無料なんだって! なあ、行こうぜ!」
 龍ちゃんはクラスで一番背が低い。いや、低かった。少なくとも、一学期の初めは五ミリの差で僕の方が大きかった。今は、数値ではかるのが怖い。目に見えて彼の背がぐんと伸びているから。
「しんたろー、行かねえのかよー」
「うん、ごめん。今日部活なんだ」
「おまえーっ、部活と俺との友情、どっちが大切なんだー! 俺だって夏休み中ほとんど部活で、今日の休みは貴重なんだぞーっ!」
「ごめんて。いたたたたた」
 龍ちゃんが僕の肩を掴んでガクガクと前後に力強く揺さぶる。すごく痛い。運動部と文化部。それだけの違いで、こんなにも力の差がつくものなのか。
「しょーがねーな。他のヤツ誘うか」
「マジごめん」
「まあ気にすんな。今度どっちも部活ないときに行こうな。じゃっ!」
 頑張ってウエストを腰まで下げても若干丈が不足気味なズボンの裾をぶらさげて、龍ちゃんは教室を出て行った。
 よっこいせ、と少しじじくさい息を吐きながらカバンを背負い、僕は教室を出た。その瞬間、
「っせーな、わざわざ来てやったんだろーがハゲッ!」
 女の子のどなり声が耳に飛び込んできた隣の教室からだ。かなり荒れてはいるけど、聴きなじみのある声。
「待て、北島ッ!」
 生徒指導の岩田先生のどなり声が声の主を追う。ドアを破壊しそうな勢いで教室から飛び出してきた金髪。それはとても見なれた顔。
「あやちゃん……」
「しん……小林、どいて」
「…………」
圧倒的な勢いに押され、僕は黙って道をあけた。ぼさぼさの金髪、短く切ったスカートと、その下にはいたグレーのスウェット。マジックペンで汚く落書きが施されたスクールバッグ。話にはきいていたけど、全然、違う。最後に会ったのはゴールデンウィークの頃だったっけか。
「おい、小林。どうして道をあけたんだ。おい、聞こえてるのか!?」
 すぐ近くにいるはずなのに、岩田先生の声が遠くで反響しているように聞こえる。右耳から入ってきて、左耳から抜けていくような、そんな感覚。かわりに、「しんちゃん」と呼びかけて、「小林」と呼び直された。その低く濁った響きを、耳の奥底でいつまでも反芻していた。

 音楽室、一番乗り。教室を開けるために鍵を取りにいったら先生に「熱心ねえ」なんてにっこりされたけど、本当は一足先に練習をしたいから教室を開けたんじゃない。涼しい場所がほしかっただけなんだ。一番後ろの窓際。三階に位置していながら唯一桜の木が陰をつくっていて、とても快適なんだ。もしかしたら、合唱部の中でも知っているのは僕だけなんだろうなあ、なんてね。そしてもう一つ。ちょっとしたお楽しみがあった。
 包みをカバンから取り出し、おにぎりに口をつけようとしたその時――
「小林くん」
 消え入りそうにか細い声が教室に飛び込んできた。
「どうしたの?」
「あの、篠山先生が、呼んでたよ」
「え。わかった。今行くよ」
 終業式の日に担任に呼びだされるなんて、あまりいい予感はしない。僕、何か悪いことしたっけな。
 背にした音楽室から、ピアノの音色と一緒に透き通っていて耳に触れてはすぐに溶けていくような、それでも芯のしっかり通った美しい歌声が聞こえてきた。これが、誰よりも早く音楽室にたどり着きたい理由。いつも思う。彼女はどうしてこんなにいい声してるのに伴奏に甘んじているのだろう、って。
 すう、っと息を吸って第一声。ピアノに合わせて小さく発しようとしただけなのに、喉にざらりとした違和感を感じ、僕はすぐにやめた。やっぱり今日、プールに行くべきだったかなあ。

 篠山先生は職員室にいた。声をかけると、僕は生徒指導室に連れて行かれた。ああ、いよいよ何か悪いことしたっけな。
 生徒指導室に入ると、岩田先生が深刻そうな顔をして椅子に座っていた。予想外の展開と、そのあまりの迫力に、ドアの前から動くのが怖かった。
「どうした。座りなさい」
 地の底から響いてくるような声に促され、僕は緊張しながら岩田先生の正面に腰を下ろした。正面から見ても、岩田先生は迫力のある顔をしている。名前通り、岩から生まれてきたんじゃないかとすら思う。
「話っていうのはな、北島のことなんだが」
 僕自身に関することじゃなかった。それはそれで喜ばしいことだけど、なんか、嫌な感じ。
「さっきあいつの姿見て、どう思った?」
「どう、と言われても……」
「正直に言っていいんだ。どう思った?」
 どうしてこんなにめんどくさい抽象的な聞き方をするんだろう。どうせ求めてる答えはひとつなのに。だけど、先生たちの気持ちもわかる。一ヶ月半ぶりに学校に来たと思ったらあんな頭になってたんだから、驚かない方が逆に不思議だ。
「お前、北島の家とお隣さんなんだろう。何か聞いてないか?」
「何か、っていうのは?」
「ほら、たとえば、悩みだとか。そういう様子はあったか?」
「よく、わかりません」
「じゃあ、親御さんからは、なにか聞いているか?」
「いや、特には……」
 ふう、と大きく息をつくと、岩田先生はお手上げだ、というように大げさに肩をすくめた。
悩みがあったら相談しろ、なんて、第三者が言うのは簡単だけど、悩んでる当人にとってはそんなことを考える余裕もないし、たとえどんなに信頼が深くても、言いたくないことも多いんだって思う。そうはいっても、僕はあやちゃんが何かで悩んでいるのかどうか、ということすら知らない。寂しいけど、幼馴染でお隣さん同士の信頼関係なんて、結局はそんなもんだ。
だけど実は、あやちゃんが金髪にしたという事実を、僕は一カ月ほどまえから知っていた。隣同士に住んでいれば当然入ってくる情報だし、彼女の髪の色が変わったことに関して、多少は驚いたけど、「へえ、そうなんだ」という、それ以上の感情は抱かなかった。どんなナリをしてもあやちゃんはあやちゃんだと思っていたし。だけど、現実はそうじゃなかった。
「もう帰っていいぞ」と促され、僕は指導室のドアに手をかけた。振り返って
「なんか……その、すみませんでした」
軽く礼をして、篠田先生と一緒に僕は指導室を後にした。岩田先生の苦笑いが僕の背を追っていたことには気づかないふりをして。

「小林、さっきはどうして謝った?」
 音楽室に向かう途中、指導室に入ってから職員室まで始終無言だった篠田先生が口を開いた。
「北島さんについて聞かれたのに何も答えられなかったし……なんか、申し訳なくて」
「そうかぁ、岩田先生、ショックだぞー、多分」
「そうですか?」
「多分、な。あの人、昔はドラマの先生よろしく生徒たちの兄貴分みたいな教師やってたってたんだってさ。だから、生徒に距離おかれるようになると、悲しいんじゃないか、って思うんだよな」
「はあ……」
作品名:海へ続く道 作家名:ヒロセアリサ