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愛妻家

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ーそれで話は終わりかい?…

私は考え考え彼にそう聞いた。
気付いていたからだ。
先程からずっと何かがチクリと私の脳髄を刺すことに。
記憶の片隅に押しやられた、何気無い思い出が私に小さく囁きかける。
自分の頭をちらと向けると、雪山は未だに頭を振っていた。
そしてそのごく些細な何かも、相変わらずひょっこりと顔を出すのを待っているのだった。

その正体がどこに隠れているかは予想ついている。
雪山は知らなかった様だが私も畠田さんとは面識があるのだ。
一度、雪山のところとは違う雑誌で、彼との対談を受けたことがあった。
その時におそらく何かがあったのだ。
その時にはそれほど深く考えなかった何かが。

雪山は私が必死で考えていることに気付きもしないで軽く視線を上げた。
そして上目使いする様な形で応答する。
半分しか飲んでいない珈琲はもうすっかりぬるくなっていた。

ー終わり?もちろんです。これで充分ですよ。つまり私は畠田さんにとって『イケスカナイ評論家』だったんです。…いえ、評論はしてませんけど。そういう意味じゃなくて、つまりはその程度だったんですよ。彼の世界に入れる人間なんて、結局はこの世にいないんです。

雪山は自重気味に苦笑いを浮かべた。
それなのに、私の頭の上ではからんころんと大きな鐘の音がなり響いていた。

ー…この世?

あっ、と、私は思わず声を上げていた。
そうだったのか。
彼は、そんなちっぽけなことがしたかったのか。
ただ、たったそれだけのために雪山たちを利用したのか、と。
雪山は怪訝な顔で私を見た。
どうやら私は笑っている様だった。
雪山は益々おかしな顔で見てくるのだ。
私は彼の肩をぽんと叩いた。

ー…一体全体どうしたんですか?急に笑いだして。

ーいやね、少し気付いたことがあったんだ。

ーなんなんですか?畠田さんがらみのことなんですよね?…まさか先生まで一筆書きを持ってたなんて言わないで下さいよ?

ーいや、大丈夫言わないよ。ただね、少し長くなるかもしれない。構わないかい?

ー私は別にいいですけど…珍しいですね。先生が長話なんて。

ーまぁね。たまには私だってそういう時もあるさ。

ーいいから話して下さいよ。

ーわかった、わかった。…実は少し前に、畠田さんと対談をしたことがあったんだ。対談自体は特に珍しいテーマでもなくてね、仕事はサクサクと進んだ。…その対談の後だった。話は何気無い雑談会へと移っていったんだ。年齢も近いし、互いの見解は色々と興味深かった。同感出来るにしろ出来ないにしろね。そんななか、畠田さんはぽつっとひとつ溢したことがあったんだ。そう、さっき君も言っていたようなことをね。でもその時は特に気にしなかった。単なるノロケ話に聞こえたからだ。『最近ね、妻の病気がひどくなってきたんだ。』『いやいや、なぁに、心配症という名の病だよ。』『やれ地震がやれ火事がやれ泥棒がってのはまだいいんだけどね、問題は私のことなんだ。』『私の死を…私がこの世から去るのを極端に恐れるんだよ。』『そのたび私は言うんだ。人間死なんてどちらが先かわからない。大体普通は男の方がおいてきぼりを嫌がるもんだろってな。』『でも駄目なんだ。益々口煩く応戦してくるよ。…あなたがどれだけ私より年上だと思ってるの?それにもういい歳なんだからそれ以上皆さんに迷惑かけないでくださいなっ。…てな。』…そうやってね、笑ってた。…意味、わかるかい?そうだよ。彼はね、全部奥さんのためにしたんだ。人一倍心配症で、人一倍迷惑をかけるのが嫌いな奥さんのために。畠田さんは自分が死ぬまで君達に迷惑をかけるよう仕向けたんだ。きっと奥さんにも自分が死んでから本当のことを話すよう強く言ってたんだろう。奥さんが自分の死を少しでも望める様に。ただそれだけだったんだ。畠田さんはそれがしたかっただけなんだよ。…

雪山はぱちくりと目をしばたいた。
それから大きく息を吸うと一気に下へはきだしたのだった。

ー…とんだ愛妻家だ。

雪山は言った後、もう笑っていた。
作品名:愛妻家 作家名:川口暁