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何時か来る崩壊に告ぐ

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夕焼けは過去の匂い(武尊+横森)


武尊義文は可もなく、きっと不可もない学生だと自分では思っている。少しばかり対人関係のスキルがひねくれているが、かろうじて人間社会の営みからは外れることが無く生きてくることが出来た。
武尊は一人暮らしのアパートの一室の窓から外を眺めていた。ねがわくば、はなのしたにてはるしなんそのきさらぎのころ。横森が以前呟いた歌をそのまま呟いてみる。返答は無い。その当たり前が、今の武尊には寂しかった。
冷蔵庫の中身はもう無いし、元々食料はため込まない性質だ。買いに出かけなければと思うのに、唯一の部屋で膝を抱えたまま動けない。寂しい、と今度ははっきりと脳内で文字にしてみる。

ドアの、チャイムが鳴った。

武尊は肩を震わせる。誰かの気配が欲しい、一人はイヤだと思う反面、何処の誰とも知らぬ人間と今は顔を合わせたくないと思った。それが宅配便の男であれキャッチセールスの女であれ、このアパートの管理会社であれ。
けれど、と武尊はほの暗い期待を抱く。それ以外に該当するならば、きっとこの後の出来事はいつだってたった一つだ。
ガチャリと鍵が開く。チェーンロックが外されているのは武尊の昨日の気まぐれだったが、それは上手く機能してくれたらしい。コン、と軽い靴を脱ぐ音が聞こえる。それでも武尊は部屋の奥、入り口と対照に配置された窓を見つめたまま動かなかった。
甘い匂いがする、と武尊が思うと同時に、背後で冷蔵庫が開く気配がした。その甘さは本当に嗅覚が反応したのかは分からない。もしかしたら、この状況が反射的に思い出させているだけかもしれないからだ。それでも、武尊は窓の外を見ている。桜はもう、葉桜だ。
何やら電子レンジを動かす音の後、武尊が体育座りをしている電源の入っていない炬燵テーブルの上に白い深皿とスプーンが置かれる。ころりと丸まったロールキャベツと人参とタマネギがきっちり二つずつ入って、湯気を立てていた。
武尊は無言でスプーンを取り、ロールキャベツを突き崩そうとする。けれども鋭利さに欠けるそれでは、どうしたってバラバラには出来ない。たぶん、ドライバーなら出来る。しかしドライバーを使ったら、これを作った人間に怒られてしまう、とたやすく想像できる。
仕方なく大口を開けて、半分にしたロールキャベツを放り込むと、ごうんごうんと洗濯機が回り始める音が聞こえた。そういえば、今は何時なのだろう。まぁ、乾燥機までついたあの箱ならば日没までの時間を計算するほどではないだろう。武尊はそう思った。
不意に気配が移動してくる。武尊の斜め向かいに座った女は横森で、もやしの袋を開けて無言で、机の上に置いた青い皿に流し込んだ。それから同じように無言で、膝の上に置いたざるへと移行させていく。ぷち、と横森の家事を知らないような手が、もやしの髭を取っていく様はなかなかに不可解だ。
助かった、とも、ありがとう、とも武尊は言わない。それを横森も知っている。
武尊は他人が恋しくなる日とどうしても一人になりたい日を繰り返しながら生きている。今日は自宅に引きこもって四日目だったので、他人が恋しくなる周期と合致している。

なぁ、と武尊は横森に声を掛けた。まだ人参がきれいに二つ残っている。

「お前、いい嫁になるよ」

横森はそれを聞きながら、最後の一つの髭を切り、ふふ、と小さく微笑んだ。

「お世辞を言っても、食べ残しはダメよ」
作品名:何時か来る崩壊に告ぐ 作家名:こうじ