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2月 涙虫

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旭が家出をして今日で2日目・・・
 翠は寝っ転がったままキャスターを吸い天井に向かって鼻から煙を吐き出した。
 恐らく冬休みだからと言う理由で、旦那の家族も容認して特に帰してもこないのだろう。離婚してから温度が下がってしまった旦那の実家の対応にはもう慣れてはいるけど、連絡ぐらいよこしたっていいと思う。これじゃあまるで私が旭を無理矢理旦那達から引き離してでもいるような感じじゃないの。伸びっぱなしになった痛んだ茶色い毛先の髪の毛を弄りながら考えているとなんだか無性に腹が立ってきたので、翠は勢いよく起き上がると口先の消えかけた煙草を既にてんこ盛りに吸い殻の詰まった灰皿に押し付け、新しいキャスターに火を点けた。バランスゲームさながらの灰皿を横目で眺め、旭が小さかった時には吸いたいとも思わなかったくせに最近めっきりヘビースモーカーになってしまった自分が悲しくなった。
 離婚をした事に後悔はなかった。何だかんだと理由をつけ育児にも参加せず、なにかある度に人のせいにばかりしていた精神薬漬けの元旦那は終いには浮気までしやがった。そんな旦那と無理してまで連れ添っているよりはきっぱり別れた方が楽だと思いさっさと見限った。元来男気溢れるさっぱりした性格の翠は不思議と未練はなかった。むしろ、どうしてこんな何の取り柄もないような男と8年間も連れ添ってしまったのか我ながら疑問にすら思ってしまったくらいだった。
 別れたと報告した友達達にはことごとく良かったね〜おめでとう!と激励された。おいおい。どういう事だそりゃ。離婚するのは普通は全然おめでたくなんかないだろうし、むしろ元気出してとか言ってくれてもいいんじゃないか。それを揃いも揃ってようやく元の翠らしくなれるね〜なんて・・・まったく。翠は何日も洗っていないヨレヨレの色の褪せたジーンズの膝にばっくりと擦れて空いた穴の端から溢れている糸を引っ張りながら煙草の煙に溜息を紛れ込ませて思いっきり吹き出した。
 数日前に携帯にかかってきた元旦那、浜崎の声が耳に蘇る。まだ相手方との同棲が実現せずに、仕方なく自分の実家に身を寄せているという。旦那の実家は近くにあったので、旭も時々遊びに行ったりしていた。
「もうちょっとさぁ、旭に優しくしてやんなよ」旭から何か聞いたらしく尤もらしい台詞を吐いてきた。
「・・・全く育児に参加しなかったあんたに、そんな事言える資格あるの?」
「俺は旭の父親だから。変わらないようなら俺が引き取るから」
「へぇっーーー!じゃあ、学校の行事にも父母会にもPTA総会にもちゃんと参加して、勉強も教えられるんだっ?! それが出来るんなら引き取ればいいんじゃない」
「・・・・・・出来ない」情けない事には即答だった。対した父親だ。
「それに、彼女との事はどうするの? 一緒に住むんじゃないの?」
「そのつもり。でも向こうの子どもがまだ・・・」
「向こうの子は中学生くらいの女の子だったから大変ですねえー女の子は難しいからねえー」
「でも、旭もよく懐いてたし姉弟みたいに付き合ってたから」
「それはこういう事が起こる前の話でしょ。今とは状況も気持ちも違うんだから上手くいくかはわからないじゃん」
「・・・そうかなあ。子ども同士のことだからなんとかなると思うけど」
「相変らず無責任な考えだね。勝手な事した大人の都合で子どもの気持ちにまで負担かけるなんて最低だから。旭の心情までフォロー出来るならいいんじゃない?」
「・・・・・・出来ない」出来ない出来ない、まるで子どもだ。この男は努力と言う言葉を知らないらしい。
「なら無理だね。そういう事しないと嫌な思いや寂しい思いするのは旭なんだから」 
「・・・あぁ。そうだな。無理だな」
 その時の気分や状態で自分勝手な事ばかり並べ立てる浜崎に翠は心底愛想を尽かしていた。無責任な上に突発的過ぎて全然話にもならないのだ。引き取ったってお義母さんが世話する事になるのは目に見えてる。浜崎がやるわけないのだ。ふざけんな子どもはペットじゃないんだ。腹立たしくなってきて、翠はまたキャスターに火を点けた。窓から差し込む薄い日差しが中途半端な光の図形を毛羽立った畳の上に描いている。遥か彼方から子どもの声だろうかキラキラした笑い声が聞こえてくる。
 せっかくの日曜日なのに・・・
 旭が初めて家出をしたのは1年前。翠が残業の多い保険の仕事をしていた頃だった。シングルマザーになってから何度目かの転職でようやく不足ない生活を送れるだけの給料を貰える仕事だった。けれど、毎日定時に上がれる事の方が少なく、学校から帰ってきた旭が一人で家にいるという状況が続いてしまい結果、家出が頻発し始めた。留守の様子を頼んでいた近所のおばさんからは頻繁に職場に電話が入り、その度に早めに上げてもらい飛んで帰って旭を捜索するの繰り返しだった。このままでは仕事にならないので、旭に言って聞かせたが寂しくてたまらない旭は我慢出来ずに今度は旦那の実家に身を寄せる事が多くなった。もうダメだと思い、時間に余裕のある今の仕事に転職をしたが、もう時既に遅く旭は旦那の実家ばかりを恋しがるようになっていた。
 仕方ない。翠は観念していた。生活の為とはいえ、独りぼっちにしてしまった自分が悪いのだと、頻繁に実家に家出する旭を責める事は出来なかった。
「どうしてこんな事でそんな怒るの?」
 冬休みがあと数日で終わると言うのに、1つも宿題を終わらせていなかった事が発覚して怒ってしまった時にもう泣く事もしなくなってしまった旭は切り揃えられた可愛らしい前髪とは打って変わって口を尖らせ反抗したのだ。確かに旭の言うように最近、怒り過ぎているかもしれない。けれど、これはこれだと思い姿勢を崩さなかった。
「母さん最近怒り過ぎ!」
「どういたしまして。母親は怒るの当たり前だって」
「なんか面倒臭いよ。もうやだ」
「ヤダって言う前にやる事はちゃんとやりなさい。当たり前でしょ」
「俺、出てく。おばぁちゃん家の子になっちゃうよ?」
「おばぁちゃんが優しいからって、やらなきゃいけない事をやらなくていいわけじゃないよ」
「そーいう事じゃねーよっ!」
 いくら言っても旭は聞く耳を持たず、古い平屋の扉を大きな音をたてて閉めて出て行った。そこで追いかければ良かったのだろうか。だけど、そんな気力なんてどこにもなかったのだ。これって母子の限界なの? そんな事が頭を過った。こんな事で旦那がいたらなんて欠片も思いたくもないのに、その思いは自分だけでしか適用されない。対象の我が子にはなに1つとして伝わりはしないのだ。大人の都合を勝手に押し付けているに過ぎないから仕方がない事なのかもしれない。これじゃ、浜崎になにも言えない。タイミング良く母から電話がかかってきた。
「また出てったって? 仕方ないよ。一人で育てるのは限界なんだから。だから離婚するなって母さんあれ程言ったじゃない」
作品名:2月 涙虫 作家名:ぬゑ