彩の華、闇に舞う
「おい、聞こえてんだろ?」
避けられない攻撃は手首に取り付けた簡易シールドで防ぎながら、ヒロは叫んだ。
「なんだってあんなもん見せたんだ? マザーコンピューター殿」
レーザー銃がまた一機粉砕された。
「ショウの頭脳と機械の頭脳が合わされば最強になると考えたんだろう。だがどうせ無理やりさせたんだろ? ショウに。人間的な考え方だけ貰って、余計なショウの心はハッキングするみてえに封じた」
レーザーがまた一筋消滅する。
「だが、まだ人間の心は理解しきれてないようだな。お前のおかげでこっちは大苦戦させられたが、ショウの体を生かしてるとなると、お前はまだショウを苗床にし続けなきゃならないらしい」
最後の防衛装置が、ガラクタと化して床に投げ出された。それを見届けると、ヒロはハンドガンの銃口ををショウの額に向けた。
「機械に人間の心を理解されたらたまんねえよ。ま、一生無理だろうが。ショウがいなけりゃお前はただのポンコツコンピューターだ。俺らの敵じゃねえ」
周りの機械が慌てたように光り輝く。
「ショウの記憶乗っ取って、俺の中からも同じ記憶引き出して命乞いだと? てめえはショウじゃねえ。ショウは死んでるんだ! もうここにはいねえ!」
動き一つないショウの顔を苦しげに睨みつけ、ヒロはまるで自分自身を叱咤しているかのようだった。汗ばんだ右手に力を込める。その手がなぜか震えていた。
視界の奥で、何かが動いた。
「……あ…………」
ヒロ自身でも情けないと思うほどの声が、ぽつりともれた。
揺らめく髪から垣間見える、光を反射するもの。
「ショウ……」
固く閉ざされていたはずの瞼が開いていた。しかし、ただ目が開いただけで、焦点は合っていない。
突然の変化に目を奪われていたヒロは、天井近くから聞こえる異音に気付いた。すぐ上の天井と壁の境に、小さいディプレイが並べて設置されてあり、そのうちの一つに明かりがついていたのだ。モノクロの砂嵐から抜け出した画面は薄い緑一色に染まり、わずかな間を置いて一部が黒く変色した。
『久しぶり、ヒロ。残念だけど、ヒロの姿は見えないんだ。アイカメラまでハッキングできなかった。目は開けてみたけど、こっちはもう見えてない。でも声なら聞こえるぞ。』
「……久しぶり、じゃねえよ、馬鹿野郎」
凄んで言ってやりたかった。だがヒロは不安定な声しか出すことができなかった。親友の声なきメッセージが一旦全て消え、再び流れ始めた。
『ヒロ、こうして逆ハックしていられるのも長くない。さっきお前の記憶を引き出したのはマザーじゃない、俺だ。すぐにマザーに押し戻されちまったが、命乞いのためじゃない。あの時のことを覚えてるか知りたかったんだ。結局、夢を叶えたのはお前だったな。』
「ショウ、生きてるならまだ望みはあるぞ。手動でマザーと接続を切れないのか?」
ショウに詰め寄るヒロの得物は、手から落ちかかってすらいた。
『無理だ。俺の思考回路の一部は既にマザーと一体化している。それに俺はこのカプセル内でないと生きられない。今の俺のハッキングがマザーに封じられれば、俺の存在も消えるだろう。これ以上、マザーを乗っ取る俺自身の脳回路はもうないからな。』
「そう、か……」
マザーからのハッキングを避けて、なんとか自我を保存していたのだろう。そのわずかな心を、ショウはヒロと話すために使い切ろうとしている。
『ヒロ、急いだほうがいい。防衛装置を全て破壊された時点で、マザーは自爆する措置を取った。こいつに爆発まであと何分なんて馬鹿正直な機能はついてない。今は制御しているから大丈夫だが、俺が消されたらすぐにでもこの基地は吹っ飛ぶ。お前が無理しなくても、マザーは勝手に消えてくれるよ。』
ショウ自身の顔はやはり人形のようだったが、マザーは消える、と言ったショウが、ヒロには笑っているように思えた。
「……なあ、まだ花火をあげたいって思うか?」
『それは俺への嫌味ととっていいのか、ヒロ。こんな姿で、今すぐ死んでもおかしくないやつがどうやって花火なんかつくれるんだ。』
「俺があげてやる」
勝手に未来予想図を作り上げた時のように、ヒロはいたずらっぽい笑みを浮かべた。
『もうすぐ消えるからって、俺の夢を横取りする気なのか。大体ヒロが花火あげてどうする。』
「誰が横取りするなんて言ったよ。俺はな、お前の花火を見て、今の世界のやつらがどう思うか知りたかったんだ。お前なら綺麗な花火を作れたんだろうが。お前の分も叶えてやるってことだよ。へっ、古臭いけどな」
先ほどの文面が消えたまま、しばらく沈黙が流れた。やっと現れたショウの言葉は、しかしひどく形を崩していた。
『 これ以上はもたないみたいだ。ヒロ、お前がやりたき ゃ好きにしろ。昔っから俺が注意したって聞かないやつだったからな 。』
「ヘマしても責任は自分で負っただろうが」
笑顔での応答もそこまでだった。文の消えた画面は、今までのように綺麗にならず、黒い線をあちこちに残していた。その線も、だんだんと増えて画面を埋め尽くしてゆく。
「ショウ……」
『行け』
心なしかその文字が大きく見えたのは、二文字しか描かれなかったせいだろうか。
「……っ、あばよ、ショウ。花火でどうなったか、俺が死んだら教えてやるよ」
震動を始めた部屋の扉を開け、ヒロは一瞬だけショウを振り返った。揺れる視界のせいか、ショウの表情が変わっているように見えたが、何が違っているのか認識する前に、自動で閉じられた扉に遮られた。
「何にも変わりゃしねえのさ、こんなことしても」
「じゃあ何でする」
後ろでつっ立っている仲間が、ならやるなと言わんばかりに問いかけた。
「したいからさ。戦いに致命的なダメージを与えない範囲での個人の自由はまだ認められてるだろ?」
「したいからってだけで、資料室に何日も居座ったり、そいつに関わったことのある年寄り無理やり探したりするか?」
「するさ。したいならな」
最終確認を済ますと、ヒロは空を見上げた。あの時から変わらないのは、手出しのしようがないこの空だけだ。
「さーて、いっちょやりますか」
勢いよく立ち上がり、離れた場所にある点火装置まで移動する。何度も試し打ちはしたヒロの花火の入った筒を訝しげに見て、仲間もヒロに続いた。
「ホントに上がんのか?」
「上がるさ。形までは保障しないけどな」
スイッチの確認をして、ヒロは隣に座った仲間に声をかけた。
「花火ん時は“たまや”って言うんだぜ」
「長続きしたのは玉屋じゃなくて鍵屋の方じゃなかったのか?」
「よく知ってるな」
「花火の資料探しと作りかたに付き合わせたのは誰だよ……」
唸る仲間をからかうように笑い、ヒロはスイッチを入れた。爆音が響く。
漆黒の空に、炎の花が咲いて、散った。
あまりにもいびつで情けない花火は次々に上がり、痛々しい炎しか浴びなかった人と大地が、鮮やかな色に照らし出された。