むべやまかぜを 風雲エターナルラブ編5
大井一矢は無言でついていく。小娘もそれに続く。入り口すぐのところにソファがあって、そのソファに、声優だろうか、それとも歌い手だろうか、女性が一人、座っているのが小娘にも見えた。誰かを待っているのだろうか。
「間さんはどちらへ?」
大井一矢は言った。どちらへも何も、大井一矢は知っているのだ。間が恵比寿駅前を徘徊しているのを。間正三郎はラーメンを食いに行った。口実かも知れないが、会社を出ているのだ。
「間は……社内の別プロジェクトがありまして……」
市原はいつものように嘘をつき、丸山花世はそこで言った。
「ラーメン食いに行くのがプロジェクトなん? さっき、あのちんちくりん、恵比寿の駅前うろうろしてたけど?」
「え、いや、それは……」
ヒゲのエグゼクティブ・プロデューサーは言葉を失った。
「それでは打ち合わせにならないのではありませんか? 私達に一番、不満を感じておられるのは間という方で……その方が現れないのでは、話合いにならないでしょう」
「……それは、その……」
「まあ……構いません。食事よりも大事な打ち合わせがあるとは思えませんが、それも御社のやり方なのでしょう」
アネキ分は穏やかに言った。
ゲーム業界。プロデューサー。クリエイター。
昔は子供達が憧れた職業。そして、市原の姿こそがその憧れの対象……とはとても思われない。斜陽産業のゲーム業界に夢を抱く若者は多分もういない。
「……」
市原は一度、沈黙し、それからポツリと、
「馬鹿な奴らなんですよ……」
と、呟いた。そして丸山花世は思った。
――てめーもな。
丸山花世はくたびれた中年男に冷たい視線を送って席に着いた。大井弘子もそれに続く。
「お仕事、お忙しいのですか?」
大井弘子は市原に言った。
「ええ……まあ、新作のゲームのイベントがあるので、そちらのほうにいろいろと」
「イベントですか……」
大井弘子は言った。
「声優を集めて、秋葉原でミニコンサートをする予定なんですよ」
「それはよかったですね」
外交辞令、である。大井弘子の言葉には何の感動もない。だが市原は、他人の心の奥を読むことが、どうもうまくないようである。
「トークイベントとか……スケジュールの都合とかも大変なんですよ」
作品名:むべやまかぜを 風雲エターナルラブ編5 作家名:黄支亮