むべやまかぜを 風雲エターナルラブ編5
越田は自分の趣味を押し通そうとしている。作品はもう完成したも同然。
すべて昨日のまま。昨日のまま。
だが。
なまっちろいプロデューサーがぽつりと言った。
「五万……だよな……」
芝崎の呟きに男達は沈黙する。
「五万本」
芝崎はもう一度呟いた。
上からの指示。
利益がまったく出ていない16CCに対する親会社からの指示。
――最低でも五万本は売るように。そうでなければ、16CCのゲーム事業部は決算期末をもって清算処分とする。
NRTはそのような決定を下しているという。
五万本売れなければ組織はなくなる。
間たちにとっては二度目のリストラということになる。
二度目のリストラ。ダブルクビ。
「……とにかく頑張るしかない。今あるシナリオをできるだけ利用して……」
市原は言った。薄汚いシャブ中はどこまでもやることが汚い。
「確約書は……どうすんだよ」
越田が言った。市原と大井姉妹の間に取り交わされた覚書。それは法的根拠を持つのだ。
「……それは、無視するしかない」
「……」
男達は一蓮托生。共犯。
「何か言ってきたら、適当にごまかせばいい。それはなんとかする。向こうは女だし、こっちは組織だ。個人に会社が勝てるわけがない……」
市原は非情な決断をしている自分に酔っているのかもしれない。あるいは、自分が矢面に立てば大井姉妹などいくらでも説得できる、言い逃れができると自惚れているのか。 だが――市原は見誤っているのだ。彼が相対しているのは個人としての大井弘子ではないし、丸山花世ではない。その後ろにいる作品の神様。市原は作品の神様につばを吐いているのだ。そして、作品の神様に憎まれたものは破滅するしかないのだ。
と。
「……五万本は……無理だ」
芝崎が呻くようにして言った。
「頑張っても……頑張っても、無理だ……」
芝崎の言葉に男達は沈黙した。誰も何も言わない。
間も越田も、腕組みをするばかり。
「無理なんだ……もう、なくなってしまったんだ……」
何かが……何かがなくなった。なくなってしまったことに男達はようやく気がついたのだ。
作品名:むべやまかぜを 風雲エターナルラブ編5 作家名:黄支亮