空白の英雄~dasoku~
「オーシスは俺に優しかった。お前だってそうだ。…親のいない俺に、大人たちは冷たかった。騎士になってからも…出生のわからない俺はけむたがられた。そんな中でお前たちだけが優しかった…。だから惹かれたんだ。俺は……愛を知らなかった」
「珍しく饒舌だな」
同意するように短く笑う。この友人の前で、これほど長く男が話し続けたのは初めてだった。
「俺は…ただ愛してくれる人を探していた。」
「絵空事だ。そんなヤツはいない。どいつもこいつも自分が可愛いくてしかたがないのさ!」
そんなことはない。男は見つけたのだ。ただその人はこの世にはいない。
緩んだ気持ちを引き締めるように手に力を込めた。握る刃が王の喉の薄皮をなぞる。
男は本気で王の命を取るつもりだ。王はそれを読み取った。
「トオン…本気なのか」
「アジュガ、もう終わりにしよう」
勇者は錆びた大剣を王の胸に突き刺した。
「今度は俺の勝ちだ」
王は血を吐いた。
胸に比べれば少量の血だ。どろどろと赤黒い水は王の服を真っ赤に染めて流れていく。
王はうめき声をあげてもがいた。彼は死から逃げようと無駄な足掻きをしていた。
「謀反者…とし…こ…される……」
うなるように、勇者は短く相槌をうった。
確かに殺されるだろう。勇者は誰にも知られず、謀反者として切り捨てられるだろう。
だが安心すればいい。王は王家の墓に入れるだろう。
もし勇者のことを心配してくれるのならば、それも心配いらない。
もともと命の灯火は風の中にあった。この身がどうなろうと、魔獣に食われようと知ったことではない。
勇者を作ったのは王だ。あの話のおかげで永遠に人の心に生き続けることができるだろう。天涯孤独の男にはめまいがするほどの幸福だ。
その思いを王に伝えようとしたが、王には届かなかった。すでに王は絶命していた。
静かに剣の柄から手を放した。
王の目を閉じると、その場に座り込んだ。この洞窟が彼の墓だった。
足音が洞窟内に響いていた。
勇者は振り返ることはしなかった。自分の背後に騎士達が集まっている事には気づいていた。だが決して振り返らない。その必要はない。
振り返ったところで誰の顔もわからないだろう。勇者の顔も誰も知らないだろう。どんな弁明をしたところで、勇者は謀反者に違いなかった。
十数人の鎧を纏う騎士たちが魔方陣の上に集まる。
いつ剣を刺されてもおかしくないこの状況で、勇者は安堵していた。彼の人生は辛すぎた。そのしがらみが全てなくなり、知りたかったことも全て知ることができた。彼は知ることも生きることも叶わなかった人々を、気の遠くなるほど見てきた。だが彼は全て知った。それは限りなく幸せに近い。
こみ上げるような熱い気持ちだった。
灼けるような鋭い痛みだった。
騎士のひとりが――王子が――勇者の心臓を背中から突き刺した。親の、王の仇をうったのだ。
勇者も勇者を知る者もいない。
新しい世界が始まる。
作品名:空白の英雄~dasoku~ 作家名:桜田みりや