海竜王 霆雷7
よく寝たな、と、意識が覚醒して、体内時間を計って、そう思った。三時間は寝ていただろう。すっきりと頭はクリアーになっている。まだ眠いという気持ちはあるが、目を開けられないという程のこともない。ゆっくりと、目を瞬かせたら、何かが違う。目を閉じる前の茜色から青く変わっていく空ではない。それに海の匂いすらしないので、はっきりと目を開けたら、朱色の天井が目に飛び込んだ。
・・・・え?・・・・
自宅の天井は、白だ。起き上がったら、足は痛んだが、それよりも、なんていうか、見たこともない部屋の様子に絶句した。
・・・なんだ? これ・・・・
壁は白いが、そこに建てられている柱は、全てが朱色だ。それだけではない。窓の形も、その窓に嵌められている障子のようなものも、家具も、何もかもが見たこともないものだった。
「お早いお目覚めでしたね? 彰哉。」
ぐるりと見回した先に、美愛が立っていた。初めて会った時と同じような衣装に身を包み、嬉しそうに笑っている。
「おまっ、美愛っっ。」
「はい? 」
「ここは、どこだ? 」
どう考えても、普通ではない。だいたい、あの海岸から、どこへ移動したというのか、わからないが、尋常ではない場所だとは、肌で感じた。美愛のほうは、ただ静かに微笑んで、それから、「ここは、西海竜王の宮です。」 と、教えてくれた。
「さいかい? って、それって、ドラゴンの家ってことか? 」
「はい、私の宮ではございませんが、竜族の拠点のひとつです。あなたが、熱を出していたので、こちらで治療をさせました。どうやら、クスリは効いた様子ですね? 」
そういえば、寝ている時に熱いとは思った。だが、睡魔のほうが勝っていて、それより眠りたくて意識を沈めた。
「医師が申すには、その足からの発熱と、過労による発熱の相乗効果で、熱が高かったそうです。」
海竜王の宮に到着して、傷だらけの身体を、医者たちは調べたが、足が酷く腫れていたのだ。酷い捻挫で、しばらくは安静にさせておかなければならないとまで診断した。
「足か・・まあ、そりゃ、音がするくらいに捻ったからなあ。」
布団をどけて、足を見たら、包帯でぐるぐる巻きになっている。湿布してあるのか、仄かにクスリの匂いもしている。ご丁寧に添え木までしてあるので、固定されてもいた。大袈裟な、と、笑ったが、怪我させたのが美愛なのだから治療ぐらいはしてもらってもいいだろう。
「すぐに、そちらもクスリが効いてくるとは思いますが、さすがに、それはクスリでは治せません。しばらくは、ゆっくりと滞在していかれるとよろしいですよ、彰哉。」
「はあ? もう、いいよ。俺は帰る。」
治療してもらったのなら、それで充分だ。どうやら美愛も落ち着いている様子だし、それなら、自分は必要ないだろう。寝台から降りたら、美愛が慌てたように押し留めた。
「ダメです。」
「いや、これだけしてくれたら、家で寝てるのも一緒だ。おまえも、ここに戻ったんだし、俺は、もう必要ないだろ? 」
もちろん、降参したから、自分の家に美愛が滞在したいというなら、断らないつもりだったが、ここにいる必要はない。それに、わざわざ、この見たこともない部屋に滞在するのも面倒だ。
「ですが、彰哉。」
寝台から立とうとする自分を押し留めている美愛に、ちょっと笑った。あんなに波動の球を投げつけていたくせに、こんな捻挫ぐらいで、慌てているのが、かなりおかしい。帰る場所があるんだから、帰ればいい。遊びに来るというのなら、美愛の自由だが、こっちが、ここに居る必要はない。
「別に、美愛が遊びに来るのはいい。でも、俺は、ファンタジーとか未確認生命体とかに興味はないからな。とりあえず、家に帰る。」
そういう興味があったら、怪我を理由に探検するのも楽しいだろうが、生憎と、彰哉には、その趣味がなかった。美愛のような黄金色の竜が、たくさんいるような場所に滞在したって、落ち着かない。
「怪我が治るまで、こちらにいればよいではありませんかっっ。」
「無茶言うな。あんまり、家を空けてると、泥棒が入る。鍵もかけてないし、冷蔵庫の中身が、そのまんまなんだぞ? 腐ったら、どうすんだよ。」
「私の眷属に戸締りをさせて、冷蔵庫も、綺麗にさせます。」
「・・・あのな・・・そんなことしなくてもいいって。だいたい、なんで、そんなことする必要があるんだ? 俺が帰ればいいだけだろ? あ、おまえ、しばらくは来るなよ、美愛。おまえのメシを作れないからな。治った頃を見計らって来い。」
さすがに、美愛の世話は無理だ。自分だけなら適当に、レトルトで済ませられるし、洗濯物も貯めたって、大した量ではない。だが、美愛がいると、その量が倍になる。
「ですから、ここにいらっしゃればいいんですっっ。」
バンっと、両肩を押されて、寝台に倒れた。
・・・俺は怪我人だっていうんだよっっ・・・・
乱暴に倒されて、足が痛んだが、それよりムカついた。なぜ、自分が、こんなところに拉致される必要があるか、と、怒りが湧いてきた。目を閉じて、太陽の気配を感じる。そこから、意識を空からのものに変えて、自分の居場所を確認した。
・・・海底十キロ? 海溝かなんかだな?・・・・
それも、自分の住居から何百キロか離れた場所でもあるらしい。とりあえず、地上のどこかへ飛んで、そこから、徐々に帰ればいいか、と、計画を立てて、目を開けた。
目を開けたら、美愛が心配そうに覗き込んでいる。
「・・・心配すんなら、乱暴すんなよ・・・」
「すいません。どうか、もう少し眠ってください。」
「もういい。帰るからな。じゃっっ。」
ひょいっと上を見上げて、手を挙げた。十キロくらいなら楽勝の距離だ。瞬間移動というのは、こういう時、便利でいい。目を開けたら意識で確認した海上に出ていた。
「えーっと、概ね、こっちのほうか? 」
何もない海原の真ん中には、島影も何も見えない。地球が丸いというのが、実感できる風景が、そこにある。水平線が丸みを帯びて、自分の三百六十度の方向に広がっている。天候も晴天だ。気温は、かなり高いが、気持ちいい開放感がある。次の移動場所を探していたら、ふいに、横に影が出来た。美愛だ。
「ここから、どうやって戻るつもりです? 」
「陸に出て、そこから、適当に移動していけばいい。疲れたら、そこで寝ればいいし、腹減ったら、何か食えばいい。こんだけ暑かったら、野生の果物とかあるだろう。」
島国の行政地域から出たことはなかったが、テレビや本で、それなりの知識はある。遠足気分で、こんなことをするのは、楽しいと彰哉は思っている。外へ出たことがなかったが、こういう楽しみは、自分のような能力者の特権かもしれない。そう考えたら、このアクシデントが楽しいものになってきた。
「私は許しませんよ。」
「美愛の許しなんて関係ない。・・・・なんなら、もう一回、おまえの親父の謝罪を賭けて戦うか? 」
「また、そんなことを言うのですか? 」
「だって、どうせ、美愛はさ、親父のことをバカにされたら、キレるんだぜ? ははははは。」
・・・・え?・・・・
自宅の天井は、白だ。起き上がったら、足は痛んだが、それよりも、なんていうか、見たこともない部屋の様子に絶句した。
・・・なんだ? これ・・・・
壁は白いが、そこに建てられている柱は、全てが朱色だ。それだけではない。窓の形も、その窓に嵌められている障子のようなものも、家具も、何もかもが見たこともないものだった。
「お早いお目覚めでしたね? 彰哉。」
ぐるりと見回した先に、美愛が立っていた。初めて会った時と同じような衣装に身を包み、嬉しそうに笑っている。
「おまっ、美愛っっ。」
「はい? 」
「ここは、どこだ? 」
どう考えても、普通ではない。だいたい、あの海岸から、どこへ移動したというのか、わからないが、尋常ではない場所だとは、肌で感じた。美愛のほうは、ただ静かに微笑んで、それから、「ここは、西海竜王の宮です。」 と、教えてくれた。
「さいかい? って、それって、ドラゴンの家ってことか? 」
「はい、私の宮ではございませんが、竜族の拠点のひとつです。あなたが、熱を出していたので、こちらで治療をさせました。どうやら、クスリは効いた様子ですね? 」
そういえば、寝ている時に熱いとは思った。だが、睡魔のほうが勝っていて、それより眠りたくて意識を沈めた。
「医師が申すには、その足からの発熱と、過労による発熱の相乗効果で、熱が高かったそうです。」
海竜王の宮に到着して、傷だらけの身体を、医者たちは調べたが、足が酷く腫れていたのだ。酷い捻挫で、しばらくは安静にさせておかなければならないとまで診断した。
「足か・・まあ、そりゃ、音がするくらいに捻ったからなあ。」
布団をどけて、足を見たら、包帯でぐるぐる巻きになっている。湿布してあるのか、仄かにクスリの匂いもしている。ご丁寧に添え木までしてあるので、固定されてもいた。大袈裟な、と、笑ったが、怪我させたのが美愛なのだから治療ぐらいはしてもらってもいいだろう。
「すぐに、そちらもクスリが効いてくるとは思いますが、さすがに、それはクスリでは治せません。しばらくは、ゆっくりと滞在していかれるとよろしいですよ、彰哉。」
「はあ? もう、いいよ。俺は帰る。」
治療してもらったのなら、それで充分だ。どうやら美愛も落ち着いている様子だし、それなら、自分は必要ないだろう。寝台から降りたら、美愛が慌てたように押し留めた。
「ダメです。」
「いや、これだけしてくれたら、家で寝てるのも一緒だ。おまえも、ここに戻ったんだし、俺は、もう必要ないだろ? 」
もちろん、降参したから、自分の家に美愛が滞在したいというなら、断らないつもりだったが、ここにいる必要はない。それに、わざわざ、この見たこともない部屋に滞在するのも面倒だ。
「ですが、彰哉。」
寝台から立とうとする自分を押し留めている美愛に、ちょっと笑った。あんなに波動の球を投げつけていたくせに、こんな捻挫ぐらいで、慌てているのが、かなりおかしい。帰る場所があるんだから、帰ればいい。遊びに来るというのなら、美愛の自由だが、こっちが、ここに居る必要はない。
「別に、美愛が遊びに来るのはいい。でも、俺は、ファンタジーとか未確認生命体とかに興味はないからな。とりあえず、家に帰る。」
そういう興味があったら、怪我を理由に探検するのも楽しいだろうが、生憎と、彰哉には、その趣味がなかった。美愛のような黄金色の竜が、たくさんいるような場所に滞在したって、落ち着かない。
「怪我が治るまで、こちらにいればよいではありませんかっっ。」
「無茶言うな。あんまり、家を空けてると、泥棒が入る。鍵もかけてないし、冷蔵庫の中身が、そのまんまなんだぞ? 腐ったら、どうすんだよ。」
「私の眷属に戸締りをさせて、冷蔵庫も、綺麗にさせます。」
「・・・あのな・・・そんなことしなくてもいいって。だいたい、なんで、そんなことする必要があるんだ? 俺が帰ればいいだけだろ? あ、おまえ、しばらくは来るなよ、美愛。おまえのメシを作れないからな。治った頃を見計らって来い。」
さすがに、美愛の世話は無理だ。自分だけなら適当に、レトルトで済ませられるし、洗濯物も貯めたって、大した量ではない。だが、美愛がいると、その量が倍になる。
「ですから、ここにいらっしゃればいいんですっっ。」
バンっと、両肩を押されて、寝台に倒れた。
・・・俺は怪我人だっていうんだよっっ・・・・
乱暴に倒されて、足が痛んだが、それよりムカついた。なぜ、自分が、こんなところに拉致される必要があるか、と、怒りが湧いてきた。目を閉じて、太陽の気配を感じる。そこから、意識を空からのものに変えて、自分の居場所を確認した。
・・・海底十キロ? 海溝かなんかだな?・・・・
それも、自分の住居から何百キロか離れた場所でもあるらしい。とりあえず、地上のどこかへ飛んで、そこから、徐々に帰ればいいか、と、計画を立てて、目を開けた。
目を開けたら、美愛が心配そうに覗き込んでいる。
「・・・心配すんなら、乱暴すんなよ・・・」
「すいません。どうか、もう少し眠ってください。」
「もういい。帰るからな。じゃっっ。」
ひょいっと上を見上げて、手を挙げた。十キロくらいなら楽勝の距離だ。瞬間移動というのは、こういう時、便利でいい。目を開けたら意識で確認した海上に出ていた。
「えーっと、概ね、こっちのほうか? 」
何もない海原の真ん中には、島影も何も見えない。地球が丸いというのが、実感できる風景が、そこにある。水平線が丸みを帯びて、自分の三百六十度の方向に広がっている。天候も晴天だ。気温は、かなり高いが、気持ちいい開放感がある。次の移動場所を探していたら、ふいに、横に影が出来た。美愛だ。
「ここから、どうやって戻るつもりです? 」
「陸に出て、そこから、適当に移動していけばいい。疲れたら、そこで寝ればいいし、腹減ったら、何か食えばいい。こんだけ暑かったら、野生の果物とかあるだろう。」
島国の行政地域から出たことはなかったが、テレビや本で、それなりの知識はある。遠足気分で、こんなことをするのは、楽しいと彰哉は思っている。外へ出たことがなかったが、こういう楽しみは、自分のような能力者の特権かもしれない。そう考えたら、このアクシデントが楽しいものになってきた。
「私は許しませんよ。」
「美愛の許しなんて関係ない。・・・・なんなら、もう一回、おまえの親父の謝罪を賭けて戦うか? 」
「また、そんなことを言うのですか? 」
「だって、どうせ、美愛はさ、親父のことをバカにされたら、キレるんだぜ? ははははは。」