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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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魔導装甲アレン-黄砂に舞う羽根-

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 少年は悪戯な笑みを浮かべ、それを見たセレンは少し戸惑った。だが、命の恩人であり怪我人である少年をこのまま放って置くわけにはいかず、セレンは首を縦に振った。
「わたしの家は寂びれた教会ですけど、それでよろしければお泊めします」
「うんじゃ、泊めてもらうわ。で、あんた名前は?」
「わたしですか、わたしはセレンと申します」
「ふ〜ん、俺の名前はアレン、よろしく」
 差し出されたアレンの真っ赤な右手を見てセレンは少し戸惑った。アレンの手は乾いてひび割れた黒い血に覆われていた。そんな手で握手を求められても困ってしまう。
 すぐにアレンはセレンの表情を悟って、服で手についた血を適当に拭い去り、再び右手を差し出した。けれども、乾いた血は拭い去れず、また少し付いていたが、セレンは相手の好意を裏切ってはいけないと思いアレンの手を握った。
 柔らかかった。アレンの手は思ったよりも柔らかくて温かい手だった。そのことにセレンは少し心を解きほぐす。
「柔らかくて赤ちゃんみたいな手ですね」
 そう言われた途端、アレンは握っていたセレンの手を激しく振り払い、唇を尖らせて怒ったようにそっぽを向いた。
「俺は赤ん坊じゃねえ。ほら、さっさとあんたんちに案内しろよ」
「別にそういった意味で言ったんじゃないですけど……。わかりました、わたしの家に案内します、付いて来てください」
 なぜ相手に態度を悪くされたのかわからないまま、セレンはしゅんとした表情で歩きはじめた。が、その足が急に止まる。
「ああっ!? 夕飯のおかず!」
 地面に散乱する野菜や果物を見て、セレンの瞳は少しずつ濡れはじめていた。それでもセレンは涙を堪えて、黙々と地面に落ちて汚れてしまった食べ物を拾い集めて籠の入れていく。
 籠の中にリンゴ持った手がそっと入る。それはアレンの手だった。
「洗えば食えんだからクヨクヨすんなよ」
 別にそういうことで泣きそうになってるんじゃない。セレンはそう思いながらも、アレンに優しさを感じて嬉しかった。
 ――最初の印象よりも悪い人じゃないかもしれない。

 街の奥まった道の先にある寂びれた教会。そこに訪れる迷える子羊たちはいない。この教会に出入りする者は、今やセレンただ独りだった。
 所々、屋根や壁が風化し、破損してしまっている教会の外観を見て、アレンは正直な感想を口にする。
「これ本当に教会かよ、寂びれてんなぁ」
 この言葉を聞いてセレンは少しムッとしたが、すぐに悲しい表情をして呟くように話した。
「昔から寂びれた教会だったんですけど、三年前に神父様がお亡くなりになってからは、前にも増して寂れてしまって……。今のところ新しい神父様が赴任して来る予定もありませんし、今この教会に勤めているのもわたしだけですし……」
「つーことは、あんた独りで暮らしてるってことかよ?」
「ええ、三年前からは独りでこの教会に住んでいます」
 そのため、セレンは裏路地でアレンに一晩泊めてくれと言われた時に、少し戸惑いを覚えて躊躇した。
 女独りで暮らしている家に、たとえ命と恩人と言っても男を泊めていいものか。それにまだ相手の素性もわかっていないのに。それでも首を縦に振ってしまったのは、困っている人を見ると放っておけないセレンの性格だろう。その性格が幾度となくトラブルの種になったのは言うまでもなく、今日の出来事は最も最悪だった。
 目の前にある教会は寂れていて、物静かな印象を受けるが、どこからともなく激しい地響きのような音が聴こえてくる。
「あのさ、近くで工事とかやってんの?」
 アレンが尋ねるとセレンが大きく首を振った。
「一ヶ月ほど前から近くで工事をしているみたいで、今まで静かだったんですけど、先日から急にうるさくなって困ってるんです」
「ふ〜ん」
 二人は壁と壁に挟まれた細い道を通って教会の裏手に回った。そこには小さな庭があり、そこで見た物にアレンは感嘆の声をあげた。
「こりゃすげえな」
 そこにあった物は綺麗に咲き誇る色取り取りの花だった。
 美しい花壇の横には湧き水の流れる水路があり、水のせせらぎとともに甘い香りのする風が爽やかに吹く。この場所は、この街のオアシスと言える場所だった。
 セレンは花々をかけがえのない存在として、大切に思う眼差しで見つめた。
「神父様は花を育てるのが好きな方でした。今でもわたしがそれを受け継いで育いて、少しでも生活の足しになればと売っているんですよ」
「ふ〜ん、クーロンで大地に咲く花を見るなんて思ってなかった」
 クーロンと呼ばれるこの街は、街としては大きく繁栄しているが、その大地は汚れ、枯れ果てているために栄養価もなく、花が咲くに適してるとは到底言えない。
 教会の裏口から建物の中に入り、アレンはセレンに連れられるままに薄暗い廊下を歩いた。
 廊下を歩いている途中で、不意にセレンがアレンに声をかけた。
「アレンさん、そこの床が――」
「うわっ!?」
 急に木造の床が割れ、アレンは抜け落ちた床に片足を取られてしまった。
 事故とはいえ、大事な教会が壊されてしまったことにセレンは頭を抱えた。
「腐ってるって言おうとしたのに……もう、これからは気をつけてくださいよ」
「だったら、早く言えよ」
「だって、わたしはいつも意識せずに避けてるから、ついつい言いそびれてしまったんです!」
「つーかさ、腐ってるってわかってんなら直すとかしろよ」
「直すお金もないですし、わたし大工仕事なんてできません!」
「なんであんた怒ってんだよ、床が抜けたのは俺のせいじゃないだろ」
「だって……」
 生まれて間もないときからセレンはこの教会で育った。この教会はセレンにとって掛け買いのない大切な場所であり、事故であったといえ、その大事な場所が壊されることに怒りがこみ上げてくる
 頬を少し赤くしながらもセレンは高ぶる感情を抑え、アレンをある部屋に案内した。
 こぢんまりとした小さな部屋にはベッドとタンスが置いてあるだけだった。
「長い間使っていませんでしたけど、この部屋を一晩使ってください」
 セレンは長い間使われてないと言ったが、その部屋の床にもタンスの上にも埃なく、アレンがベッドに腰掛けても埃が空気中を舞うことはなかった。そのことから、この部屋が定期的に、セレンの手によって掃除されていることが伺えた。
「わたしは包帯と消毒薬を持って来ますから、この部屋でじっとして待っていてください」
「わかった」
 セレンはアレンを部屋に残し、自分の部屋に救急セットを取りに向かった。
 廊下を歩きながら、セレンは今さながらアレンを連れて来てしまったことを後悔する。しかし、この家には盗まれるような物はなく、アレンが自分ことを襲うような人とは思えない。でも、やはり見ず知らずの人を泊めることに不安はあった。
 アレンは悪人ではないが、善人とも思えない。それがセレンの感想だった。
 救急セットとタオルとバケツに張った水を持ったセレンは、アレンの待つ部屋のドアをノックもせずに開けた。
「…………!?」
 部屋に入った途端、セレンは息を呑んで目を丸くした。
 あまりの驚きにセレンは荷物を落とすことのなく、ただ固まってしまうばかりで、アレンから目を放せずにいた。