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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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魔導装甲アレン-黄砂に舞う羽根-

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「腹減ったなぁ」
 と、こんなときでも少女の口から出るのは、こんな言葉だった。
 鼻先をポリポリと指先で掻いたアレンは、雲ひとつない蒼空を眺めながら、自分の喉が渇いてることに気づいた。その渇きは通常の渇きよりも激しく辛く、まるで血を欲している吸血鬼のような渇欲だった。
 ――苦しい。
 喉を掻き毟りたくのを堪えながら、アレンは急いで水辺に駆け寄ると、頭から水の中に顔を突っ込んだ。
 口から吐き出される幾つもの気泡が、水面で弾け飛んでは消え、そしてまた消え。儚い夢のように消えて逝く。
 光差し込む水の中で、アレンは眼を大きく見開き、夢の中で夢を見た。
 アレンの口から大量の紅い血が吐き出され、水を真っ赤に染めていく。やがて、紅色に変わってしまったスクリーンに、紅よりも紅い血塗れの少女が映し出された。
 年の頃はアレンよりも若い、六、七歳の可憐な少女が血塗れになって倒れている。少女の右脚が股間からもがれ、右腕も肩から同じくもがれており、右脇腹から内臓がはみ出してしまっている。この悪魔の所業としか思えぬこの光景を、凄惨と言わずしてなんと言う。
 手足を失った少女が、この世のものとは思えぬ苦痛の中で死んでいったことを、アレンは知っていた。
 生きたままもぎ取られた腕や脚は、少女の見る前で貪り食われた。涙はでなかった、恐怖も感じなかった。残ったのは憎しみだけ。
 そして、少女の心臓はたしかに鼓動を打つことを止めた。
 だが、ここにいる。少女はここにいた。
 アレンは自分の心臓を鷲掴みするように、胸を強く強く握っていた。その瞳からは、自分でも知らぬうちに涙が流れ、止まることなく頬を伝って流れ落ちる。
 水の中にいたはずのアレンは、いつの間にか闇の中で独りぼっちになっていた。
 長い間、独りだったような気がする。
 多くの人とも出会ったが、みんな別れの時が来た。
 最後はいつも独りだった。
 闇の中で独りぼっちになっていたアレンの手を誰かが掴んだ。
 それは天使?
 それとも悪魔?
 それは光だったかもしれない。
 それとも闇だったかもしれない。
 手を引かれるアレンは導かれるままに黄泉がえった。
 人ではない、機械ではない、その中間の存在として、科学と魔導の申し子として。
 最大の罪。
 偉大なる大魔導師は、死人からヒトを創ったのだ。
 嗚呼、夢が溶ける。
 闇の壁がチョコレートのように溶けはじめ、光の世界が目を覚ます。
 夢の中の夢が目覚め、〈蜃の夢〉が発狂した。
 そして、アレンは還った。

 瞼の上に光を感じ、頬に落ちる熱い雫を感じたアレンは、ゆっくりと目を開けた。
「わたし見ました……」
 そう言いながらセレンは大粒の涙を流して泣いていた。
「あっそ」
 相手が驚くほど素っ気ない返事をアレンはした。
 果たしてアレンは自分が〈蜃の夢〉に囚われたことを知っているのだろうか?
 きっと、知っている。だから、そんな返事をした。
 運転席にはトッシュがいた。その背中はなぜか暗く重い。顔は見なくて、どんな表情をしているか察しはつく。
 セレンが観たということは、残りの二人も観ていたに違いない。それでもアレンの態度は素っ気なかった。
「胸糞悪ぃ夢見ちまった……オエェ」
 わざとらしく嗚咽したアレンは状態を起し、ふと助手席にいたリリスに目をやった。
「あんたが俺のこと助けたんだろ?」
「そうじゃ。地中で眠っておった蜃を一瞬だけ叩き起こしてやった」
「ところで俺とあんた今日が初対面だよな?」
「はて、最近歳のせいか物忘れが激しくてのお」
「俺も昔のことはよく覚えてない」
 そこでアレンは口をつぐんだ。
 セレンはまだ泣いていた。でも、なにも言わなかった。なにも言えなかった。ただ、アレンのことを見ているだけだった。
 見られている方のアレンは、わざとらしくはにかんで見せて、
「俺のこと潤んだ目で見つめんなよ。抱きしめて押し倒したくなるだろぉ」
 なんて冗談で言ったのだが、セレンが急に抱きついてきて、さすがのアレンも眼を剥いて驚いた。
 セレンの手がアレンの背中に廻され、服をギュッと掴む。
 自分の胸で泣きじゃくる女に、アレンは途方に暮れた顔つきをしていた。その表情もわざとらしい。
 なにも言わずジープが走り出す。
 タイヤが巻き上げた砂埃の中で、セレンはずっと肩を上下に揺らし、鼻を啜っていた。