魔導装甲アレン-黄砂に舞う羽根-
う〜ん、と深く唸って、それっきりトッシュは口を開かなくなってしまった。その代わりにアレンが口を開く。
「なあ姐ちゃん、金で雇われる気はないのかよ?」
「ないね、わしは金なんぞに興味ない」
それは前回トッシュが条件として提示し、すでに断られている。金では動かないのだ。
「そんじゃ、姐ちゃんの望みを叶える代わりにってのは?」
「自分の望みは自分で叶えられる」
「じゃあさ、俺と一晩過ごすってのは?」
「ほほっ、おもしろいこという」
平然ととんでもないことを言ってのけたアレンを見る妖婆の瞳は妖しく輝いている。その瞳は目の前にいる?少年?が、?少女?であることを見透かしているようだった。
鼻を小刻みに動かしたアレンは、少し部屋を漂うお香の匂いが強くなったのを感じた。すると、すぐ隣でトッシュが顔面からテーブルに突っ込んで気を失った。香りにやられたのだ。
この部屋での脱落者は二人目。セレンもトッシュも深い眠りに落ちてしまった。その中でアレンだけが平気な顔をしている。
妖婆リリスの目は輝きを放っていた。それは嬉しさの表れだった。自分の妖術にかからぬ者に対しての興味関心。
「おぬしには効かぬか」
「ちょっと鼻が詰まっててさ」
鼻をわざとらしく啜ったアレンは、まだ手をつけていなかったコップに口を付け、薫り立つ液体を一気に胃に中に流し込んだ。
「美味いね」
――なんともなかった。それどころか、アレンはトッシュのカップにも手をつけて、中味を一滴残さず飲み干してしまったではないか。
「ふほぉ〜っほっほっほっほっ、おぬし何者じゃ?」
「唾飛ぶから大口開けて笑うなよ。俺は俺だ、ただのガキさ」
「魔導手術を受けた?少女?をただのガキとは言うまい」
「……なんだ、やっぱバレてたのか。だったら姐ちゃんもさ?」
「わしもわしじゃて」
「あっそ」
素っ気ない返事をするアレンであるが、彼女は目の前にいる妖婆に関する秘密をなにか知っているようだった。だが、別に追求するつもりもないらしい。
いつの間にかリリスの手にはポットが握られており、妖婆はアレンのカップに煌びやかに輝く液体を注いだ。
「このハーブティーが気に入ったのなら、いくらでも飲むがよい」
「お菓子ないの?」
「おぬしに食わす菓子などない」
「ケチ」
「わしをケチとな?」
「あーそうだね、あんたはケチさ。〈扉〉くらい開けてくれりゃあいいのに」
「その?扉?の向こうになにがあるか知っておって、そんな口を聞いておるのか?」
「いいや、知んないし、そんな興味もない。俺はただ横でぶっ倒れてる、この兄ちゃんに金でで雇われただけだし」
深い眠りに落ちているトッシュは、当分目を覚ましそうになかった。
妖婆はアレンの瞳を見つめていた。ただ見つめているだけではない。妖しい彩を放つ瞳で見つめている。妖婆でありながら、その艶かしい瞳は妖婆のものではない眼光。
アレンは決して視線を逸らそうとはしなかった。これは二人の間で繰り広げられる壮絶な戦いなのである。だが、その静かな戦いもすぐに終わってしまった。
ぐぅぅぅぅぅ〜〜〜っ。
アレンの腹が奇怪な音を立てて鳴いた。
「腹減ったんだけど」
「緊張感のない奴じゃ。わしの瞳で見つめられたものは男女問わず、獣であってもわしに魅了されるはずなのじゃが。食欲が性欲に優るか」
「ババアの身体になんて欲情しねえよ、ふつー」
妖婆リリスの眼光は人の身も心も虜にするはずであった。それがいとも簡単に破れてしまったのだ。
「ほっほっほっ、おぬしになら〈扉〉の向こうになるが?いる?の話してやってもよいぞ」
「興味ないね」
「じゃが、そこで眠っておる若いのはどうかの? 若いのは〈アレ〉のことをただのエネルギープラントだと思っておるようじゃが、実際はもっと恐ろしい存在じゃ」
「で、なにがいんのさ?」
「〈アレ〉の正体は人型エネルギープラントとでも言っておこうかの」
「でさあ、あんた〈扉〉を開けてくれる気あんの?」
「さて、それはおぬし次第じゃな」
「条件は?」
「ない」
「はぁ?」
『おぬし次第』と言っておきながら、条件はないという。これではなにをしていいのかわからない。
突然、どこからか玲瓏たる鈴の音が家中に鳴り響いた。
「招かれざる客が来たみたいじゃな」
リリスの意識は家の中ではなく、窓の外に向けられていた。
「外にずっといたの気づいてたクセに」
アレンがボソッと言うと、リリスは妖々と微笑んだ。
「相手の出方を伺っていただけさね」
青々と茂る草むらの一角に建つ、小さな木造立ての家。
風が草木の匂いを運び、この男も運んできた。
シュラ帝國のお抱え殺戮集団?鬼兵団?の一員であるスイキ。彼は息を殺し、身を潜めながら草を踏みしだき、古屋に一歩一歩近づいていた。
スイキの首から下は、怪物の甲羅を切り抜いて作られた胸当てと、肩から二の腕にかけて保護する防具、足にはジェットエンジンを搭載したメカニカル・ブーツを装備していた。特質した装備として人々の目を集めるのはジェット・ブーツだが、人々が最初に見るのは別の場所だろう。
スイキの顔は人のモノではなく異形のモノであった。鱗のついた青い顔から伸びる口は鳥の嘴のようで、眼は黄色く光り瞳孔が縦に長細く、尖がった耳が忙しなく動き、顎からは老人のような立派な白髭が蓄えられていた。その顔は河童によく似ていた。
スイキ――水を操る鬼。?鬼兵団?のひとり水鬼は水を操る妖術に長けた刺客だった。
古屋の石壁に近づいた水鬼は聞き耳を立てた。近くに窓があるが、そこから顔を出すなんてへまはしない。彼の聴力を持ってすれば、石の壁の向こう側で人がなにをしゃべり、何人の人がそこでなにをやっているかなど、手に取るようにわかってしまうのだ。
中にいる標的は全部で四人。
――やがて、ひとりが寝息を立てはじめた。
そして、またひとり。
二人が眠りに落ち、残るは二人。水鬼にとっては好都合な出来事であった。
話の内容を聴いていると、どうやら老婆が〈扉〉を開く鍵であるらしい。となると、残る三人を殺害し、老婆を連れ去るのが今回の仕事になりそうだ。
狭い家の中での戦闘は水鬼の戦闘スタイルには合わない。そこで水鬼はジェット・ブーツ使用して、屋根の上に登り、標的が家の外に出てくるのを待つことにした。
ジェット音は吹き荒れる強風に紛れ掻き消され、宙に浮いた水鬼は軽々と屋根の上に昇った。だが、水鬼が屋根に足の裏をつけた刹那、家の中で鈴の音が鳴り響いた。その音を水鬼もしかと聴き、苦い妙薬でも飲んだような顔をした。
「儂としたことが、家の外見に惑わされてしもうたわい」
老人のような嗄れ声を嘴から発した水鬼は、この家をただの襤褸屋だと思っていたらしい。警戒を怠っていた理由はそれだけではあるまい。必要な情報を仕入れた今となっては、敵と正面からぶつかろうが、結果は同じだと絶大なる自信を持っていたのだ。
水鬼は屋根から地面に飛び降り、玄関の前で敵を待ち構えた。不意打ちなどする必要もない。自分は絶対に勝つ。
作品名:魔導装甲アレン-黄砂に舞う羽根- 作家名:秋月あきら(秋月瑛)