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学園を制し者 第三話

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「………………」
俺は目の前に立つアパートをなんとなしに見つめていた。
一部屋、畳張り六畳、1kトイレ風呂付、家賃月4万、駅まで徒歩20分、学園までは徒歩30分。
これが我がアパートの立地条件だ。
自転車があればすごく便利な場所である。
まぁ、俺は自転車を持っていないわけだが……
(それにしても……)
「……ボロいよな」
毎日、何回も見ているはずなのに、毎日、何回もそう言葉が出てしまう。
あたりに照明が少ないのも手伝ってかまるでお化け屋敷のように見えた。
俺はここの203号室に住んでいる。
(部屋の中はきれいなのに、どうして外観はここまでひどいんだ……)
健太とカラオケに行ったあと、俺はゲーセンによってから帰るという健太と別れ、夢のマイホームまで帰ってきていた。
夢というより絶望という言葉が似合っているとうことは、口には出さない。
「はぁ……」
いつまでもこんなところで立ち止まっているわけにもいかず、俺は重い足を動かし赤黒く錆びきった階段を上がる。
この生活を選んだのは俺だ。
暖かいベッドとおいしいご飯を捨てたのは俺だ。
そう言い聞かせ、自分に気合いをいれ、『新井』と書かれたプレートがはってあるドアの開いて
――ガチャ――
「お帰りなさいませご主人さま」
――バタン――
そのまま閉じた。
メイド服を着た少女のお出迎えに、俺の気合いは一瞬で崩れ去る。
一応、ことわっておくが俺にこんなことを言って出迎えてくれる彼女もいないし、第一にそんな趣味はない。
とは言ったものの俺にはこんなことをする女の子に一人だけ心当たりがある。
ていうか、彼女にとってはこれが本職だ。
が、ここにいるはずのない人間というのも事実である。
俺は深呼吸をして心を落ち着けてからもう一度ゆっくりとドアを開いた。
「お帰りなさいませご主人さま」
「………………ご主人さまって呼ぶんじゃねぇよ」
まるでリピート再生を聞いているかの様ような声をうんざりと聞き流す。
たとえばこれがどこぞのメイド喫茶のように作り笑顔だが愛嬌をふりまいてくれていれば多少はやる気が出るかもしれない。
だが、彼女の言葉どこまでも無機質で感情のないものだった。
「感情はしっかりとありますよ。表情に出にくいだけです」
「…………軽く人の心を読むな。すごく怖い」
「それは失礼しました」
恭しく頭を下げるメイドさん。
しかし、彼女の無表情では本当に反省しているのかどうかすらわからない。
「で? 雪。何でここにいるんだよ?」
俺はミディアムストレートのメイドさんに問いかけた。
彼女の名前は『水無月 雪(みなづき ゆき)』
クラスは違うが俺の同級生であり、新井家に親子三代で使えてくれている住み込みの使用人、リアルメイドさんだ。
むろん、彼女が住んでいるのは本家のほうでありこんなところにいるはずがない。
「お迎えにあがったのですよ。お忘れになったのですか? 今日は旦那さまがお帰りになるので本家で食事だと連絡したはずですが……」
「ああ……そう言えばそうだったな」
先日、雪からそんなメールがあった気がする。
俺も学校を出るまではしっかりと覚えていたのだが……
「……お忘れになっていたのですね」
「わ、忘れてねぇよ」
健太の歌う『残酷な天使の○ーゼ』を聞いているうちにすっかりと忘れていた。
「………………」
雪の人形のようにかわいらしくピクリとも動かない顔からは非難の色が見えるような気がする。
「て言うか、何でここに入れたんだ? 家のほうにも鍵はわたしてなかったけど?」
俺は話を逸らす作戦にでることにした。
雪は怒らすと怖いからな……
「ピッキングで開けました」
「やっぱ、怖いよお前!!」
うちのメイドさんは本当に怖かった。
「完全無欠の万能メイドですから」
「……自分で言うなよ」
まぁ、雪はメイドとして、本当に完全無欠と言っていいほどの働きをするので間違ってはいない。
だが、今のメイドさんには犯罪技術も必要なのだろうか……
「とりあえず中に入ってください。外は寒いですよ」
いくら残暑の残る九月とはいえ後半ともなると夜は冷える。
雪はちゃぶ台の前に座った俺に暖かい日本茶を淹れてくれた。
「でも、迎えなんか要らなかったのに……さほど遠い距離でもないだろ?」
このボロアパートから駅の反対側の高級住宅街にある本家までは徒歩30分ぐらいで行ける。
じゅうぶん歩いて行ける距離だ。
雪がメイド服で迎えに来たと言うことはきっと車で来たのだろう。
「お母様から、ご主人さまの部屋を掃除するよう、頼まれましたので……」
「ッ!……」
(……ぬかった!!)
愚かな俺はいまさらにこの状況の深刻さに今更ながらに気づかされた。
使用人が主人の部屋に入る=掃除をする
よく考えればすぐに分ったことである。
想像してほしい。今の状況を簡潔に言い表せば、思春期の男子高校生がきれい好きのお母さんに部屋の隅々まで掃除をされたということである。
つまりはEROHONN、通称『EN』が見つかってしまった可能性がある。
「部屋はそんなに散らかってなかっただろ?」
「はい」
俺はできるだけ自分の平静を装って無表情な相手の心中を探る。
俺だって何の対策をしなかったわけではない。
こんなこともあろうかといろいろと隠ぺいしておいた。
それ以前に、雪は女の子だ。
見つかっていたとしても恥ずかしくて触れないでいてくれる可能性も……
「ちなみに部屋にあったエロ本はすべて焼却処分しましたよ」
「そうだと思ったよ、畜生!!」
俺は絶望に打ちひしがれる。
しかも焼却処分とはずいぶんとした手の込みようだ。
「焼却した物のタイトルを言いますと『△△△で私をズキューン❤』・『お願い私の○○○を……」
「やめて! これ以上俺を辱めるのをやめて!」
「了解しました」
雪は素直に従ってくれる。
(このメイドさんに恥じらいを求めた俺がバカだった……)
俺は緊張と疲れで乾いた口を潤すため少しさめた日本茶を口に含んで
「ああいうものを使わずとも、私の体をつかっていただければいいものを……」
「ブハッ!」
思いっきり吐き出してしまった。
「はしたないですよ」
「お前には言われたくねぇ!」
俺はビショビショになった口をブレザーの袖で拭う。
「あのなぁ……いつも言ってるだろ? 女の子がそういうことを言うんじゃありません!」
俺は説教をするため雪を正座で座らせる。
素直に従ってくれるのが雪のいいところだ。
「どうしてですか? 雪は旦那さまからはご主人さま専用のメイドになれといわれます」
真顔で言うのだからいまいちふざけているのか本気なのかわからない。
「親父だってそういう意味で言ったんじゃねぇよ! それとご主人さまいうな!」
俺は感情のないガラス玉のようにきれいな瞳と数秒間にらめっこをしていた。
「……はぁ……そう言うのは『この人だ!』って心に決めた人に言うんだよ」
「………………だからこそ言っているのですが」
「あん? なんかいったか?」
「いえ、ニブちんなご主人さま、略して『変態ご主人さま』と言いました」
「全然略せてねぇ!」
「では、『変態さま』でよろしいでしょうか?」
「よろしくねぇよ! 文字数的な意味じゃねぇし! それに、なんかひどくなってんぞ!」
作品名:学園を制し者 第三話 作家名:hirooger