「山」 にまつわる小品集 その壱
一滴(ひとしずく)の水 (児童文学)
「ヂヂヂヂヂ」
スズメたちの警告音です。
生まれて間もないスズメはお母さんに連れられて、飛ぶ練習をしていました。でも上手に飛べなくて、すぐに地面に着いてしまうのです。
市街地にほど近い山の斜面にある大きなケヤキの枝が棲みかでした。
飛び上がろうとしているスズメに近づくヘビをお母さんは見つけて、短く高い声で鳴きます。
仲間たちも集まって来ました。
「早く逃げろ ヂヂヂヂヂ」
幼鳥はあせればあせるほどうまく飛べません。羽を広げてばたつかせるだけです。
近くの草やぶに棲むキジは、ヘビを縄張りから追い払うために猛然と地を蹴って走ってきて、蹴爪で攻撃します。ケン、ケーン
これにはヘビもかなわない。
「元気な卵を産まなければならないのに」と言い残して退散しました。
カラスは高い木の枝に止まって一部始終を見ていました。
「チェッ、これからおもしろくなるとこだったのに カァー」と、町のほうへ飛び立ちました。
本当はカラスもスズメを狙っていたのです。
☆ ☆ ☆
乾燥した日が続いていました。
広場でバーベキューをしていた残り火が、一瞬の強い風にあおられて落ちてきた葉に火を付けました。
火のついた葉は再度の風で飛ばされ近くの落ち葉に火を移し、火は次第に大きくなります。
鳥たちはいっせいに飛び立ち、すべての生き物は火と煙から逃れようと必死でした。
火はキジの巣に近づきつつあります。巣には孵ったばかりのヒナ鳥がいました。母さんキジは両羽でヒナを包み込むようにしてじっとしていることしかできません。
前に命を助けられたスズメが、それに気付きました。
――助けなければ・・・そうだ、水だ!
町にある池の水を口に含んで来て、キジの巣の近くに落とします。でもすぐに乾いてしまいます。
仲間のスズメが協力してくれました。
それを見ていたカラスは笑って言いました。
「そんなこと、何の足しにもならんよ カァカァカァ」
しかし、キジのために一生懸命になっているスズメを見ているうちに、カラスの胸が ことり と音を立てたのです。
カラスも仲間を誘い、口に水を含んで運び始めました。
火が作る風にあおられて、スズメたちはキジの巣になかなか近付けません。カラスはスズメの分も頑張りました。
普段はスズメを餌にしているチョウゲンボウもじっとしていられなくなりました。チョウゲンボウは知恵者です。夫婦で町からネットを拾ってきて、スズメをそれで運ぶことにしました。
巣の上でネットを開くと、口に水を含んだスズメが落ちながら水を放ち、すぐに上に向かいます。
百回繰り返しているうちに消防団が到着し、ヘリコプターから散水もされました。
山の中腹は木が黒焦げになり、藪も燃えて無くなりましたが、キジの巣のまわりは無事でした。
山は平穏を取り戻しました。
チョウゲンボウはやはりスズメを捕食します。
カラスもスズメを追いかけたり、捕らえて食べることもあります。
それは自然の営みなのです。
最初のカラスは・・・頑張りすぎて羽がボロボロになり、ひっそりと朽ちていきました。
カラスの命は他の生き物たちに引き継がれていったのです。
2011.4.27
作品名:「山」 にまつわる小品集 その壱 作家名:健忘真実