空蝉に青空
まさにその通りだった。水都が意識不明だと聞いたとき、水華は無意識のうちに死なないでと祈っていた。私を置いていかないで、と。それは水都がずっと水華に対して思っていたことなんだと、初めて理解する。発作なんか起きていないのに胸が苦しくて、無意識に心臓に手を当てて呟いた。
「………水都……」
「大丈夫だ、東城はきっと目を覚ます。そしたら次は佐々木が頑張る番だ。……生きるために、な?」
水華は顔を上げた。そして、にかっと笑う体育教師の顔を見て笑う。
「───はい」
水華が担当医に手術の決意を伝えたのは、その日の夕方のことだった。
水都が目を覚ましたのは、水華が病院に来てから二日ほどが経ったときだった。
「………水華は?」
目を開けた直後、発した言葉はそれだった。予想はしていたが、予想通り過ぎて逆に脱力する。
「お前な、もうちょいなんか言うことないのか?」
「だから、水華は」
「いるさ。いま、頑張ってる最中だ」
「手術、受けたのか……あいつ」
「今度受けるんだそうだ。お前のためにな……それまで待っててほしい、ってお前に伝言だ」
一度起き上がった身体をもう一度ぽすんと枕に埋め、病院の質素な椅子に座っている教師を見る。
「………なぁ、センセ。俺、間違ってないよな?」
「なにがだ?」
「水華が生きててほしいって、一緒に生きたいって間違ってないんだよな?」
「そんなの当たり前だろ。大事な人たちならなおさら生きていてほしいと思うもんだ」
水都はあっけらかんと笑う金城につられて笑う。そして自分のちょうど左側にある窓の外を眺めた。青い夏の空が広がって、太陽がぎらぎらと地上を照らしている。
「水華の手術が終わったら、一番に海に行きてーな。あいつ、ずっと我慢してたけど泳ぐのが大好きなんだよ」
空から視線を外さずに、嬉しそうな声で言う。外はきっと暑いのだろう。でもこんなときに水の中に入るのは最高に気持ちがいいのだ。それをもう一度水華と一緒に感じたかった。金城は苦笑して、そうだなぁと肯定する。
「んじゃ、その前にお前もちゃんと治さなきゃな。言っとくけどな、まだ退院できないんだぞ。お前はお前でリハビリを頑張れ。それがきっと佐々木への励ましにもなるだろ」
「当たり前だろ!」
自信に満ちた顔で、水都は微笑った。
「ミーナートー! 遅ーいっ」
「ちょっと待てって」
水華は強引に水都の腕を引っ張ると、そのまま一緒に水の中へと落ちていく。
ぱしゃんと水が跳ねる。肌にまとわりつくひやりとした感触が懐かしくて、嬉しい。ゴーグルはあえて付けずに、仰向けになって水の上をたゆたう。
眩しすぎる太陽と、真夏の青空が祝福するように身体を包み込んだ。これが現実だと言う事実に、水華はただ笑顔を浮かべる。自分幻想だと信じて疑わなかった未来が、信じてくれた人たちによって現実となったのだ。
水華はぷかぷかと仰向けで浮いている水都に近寄るとにっこりと微笑って唇を寄せる。
「ねぇ水都。あたし、これからはちゃんと生きる。……水都と一緒に、生きるよ。だからそばにいてね」
答えの代わりに、水に濡れてひんやりした唇が押し付けられた。ついで、温かさを感じる腕が水華をぎゅっと抱き締める。とくんとくんと規則正しく打つ鼓動に耳を傾けながら、水華はもう一度言葉を紡いだ。
「水都、信じてくれてありがとう」
きらきらと陽光(ひかり)に反射する水面と、二つの影が溶けて一つになった。