愛ある限り
「心が震えるほど美しいだろ。金沢にいた頃、こんな美しいものを絵にできたらどんなにすばらしいだろうと思った」
夫は、本当は画家になりたかった。そんな夢を語ったことがある。貧しさゆえにその道を諦めた。
「微かに空が見える。まるでローマのパルテノンのようだ。神が創ったものだ。こんな美しいものを愛する人と一緒に見られることはとても幸せなことだ」
京子は、夫の口から出た、愛するという言葉にはっとなった。夫の顔を見た。実に優しい顔をしている。新婚の時からずっと変らぬ笑みだ。そして京子は恥じた。夫の愛を疑ったことを。
「こうも思うんだ。神々は美しい時をつくり人に見せる。しかし、それはいつか朽ちる。人の人生も同じかもしれない」
京子は夫の背中にしがみついた。そして止め処もなく涙がこぼれてきた。
「ごめんなさい、あなた」と嗚咽しながらつぶやいた。
すると、夫はしがみつく妻の手を優しく握った。遠い日と同じ温もりと優しさをもって。