海竜王 霆雷5
ネット通販なるものとは、というところから説明して、食事を挟んで、ようやく注文画面に進んだ。
「ほら、こういうのが定番だけど。」
「彰哉と同じようなものはないのですか? 見たところ、それは機能的で活動しやすいように見受けられます。」
「俺のか? 単なる安売りのTシャツとジーパンだぞ? 」
服に関心なんてない彰哉のものは、ダース単位で購入するTシャツやワークシャツと、サイズだけ合えばいいと言うジーパンだ。それなら、家に、在庫がたくさんある。問題は、ジーパンのサイズだけだ。どう見繕っても、腰は、美愛のほうが細い。
「それでよろしいではありませんか。」
当人は、そう、事もなく言うのだが、まさか、サイズを測るわけにもいかない。それに女性の服なんてものが、どういうものがいいのかもわからない。ふと、ゴムの入った安物のスカートが、目に入った。とりあえず、外へ出て行ければ、そこで、自分で探すこともできるだろう。そう思って、そのスカートだけ急ぎの宅配便で送ってくれるように手配した。それまでは、洗濯したジャージの下と新品のTシャツで過ごしてもらうことにする。
「とりあえず、これが普段着ってヤツ。」
「わかりました。じゃあ、着替えてまいります。」
さすがに、自分の前で着替えることはないらしい。洗面所のほうへと、美愛が出て行ってから、階段を登った。元保護者の部屋の扉を開けて、しばらく考えた。ずっと、このまま放置するつもりではなかったものの、片付けなど考えてもしていなかった。別に、大したものがあるわけではない。病に倒れる前に、元保護者は、きっちりと身辺整理をしていたから、私物は、ほとんど残っていなかったからだ。それでも、壁には気に入っていたリトグラフがあるし、サイドテーブルには、クリスタルガラスで出来たシャチのオブジェが飾ってある。気に入っていたらしい書物も、ベッドの横に無造作に置かれている。一年前に、この部屋の主が亡くなってから、手をつけることはなかったから、うっすらと埃を被っている。
・・・やっぱり寝るのはイヤだな・・・・
どうしても、この部屋を片付けたくない。人間の魂なんてものは、死んだら終わりだと、頭で理解していても心が納得しない。この部屋は、どうあっても、元保護者のものだ。
「やっぱ、ソファでいいかな。」
多少、狭くても、そこなら気兼ねなく眠れる。布団だけ用意して、居間で眠るという手もある。そのほうが精神的に落ち着くだろうと結論して、その部屋から出た。
「彰哉、部屋を片付けるのは、どうなりました? 」
廊下には、階段を上ってきた美愛がいた。ちゃんと、Tシャツとジャージのパンツだ。そうしていれば、今時の人間で充分に通用する。
「片付けない。俺は、居間で寝るよ。美愛には、俺の部屋を提供する。」
「なぜ? 」
「なぜって・・・・なんか、この部屋は片付けたくないんだよ。俺は、ここに間借りしているようなもんで、この家は、やっぱり義理の親父のものだと思うからさ。・・・だから。」
「そうですか。」
美愛には、彰哉が躊躇する意味が、よくわからなかった。彼女にしてみれば、代替りすれば、新しい主人が、主人の部屋に移るのは当たり前のことだ。そうやって、竜族は代替りをしてきた。今、自分の両親が住んでいる公宮は、いずれ、美愛が住むことになる。その時、自分の住みやすいように作り変える。それなのに、彰哉は、それはせずに、そのまま遺すという。人間の考えと竜の考えは、やはり違うのかと、そう感じた。誰かの持ち物という感覚で、屋敷を捉えている彰哉と、その地位に見合うものが住む場所という認識の美愛では、理解しあうのが難しい。
「とりあえず、周辺の案内はしたほうがいいのか? それとも、自分で探検するか? 」
「簡単なところで結構ですから、案内してください。」
「じゃあ、コンビニまでな。」
それから靴がなくて、彰哉のズックと靴下を慌てて用意して、ふたりして散歩に出た。田舎のことで、コンビニまで片道30分は歩く。いつもなら、自転車で走る距離だが、今日は周辺の説明をしつつだから徒歩にした。
「自転車って乗れるか? 」
「いえ、乗ったことはございませんね。」
「ちょっとした移動って、どうしてる? 」
「飛んでおります。」
「あ、ああ、そうか。」
たわいもない話をしながら、農面道路を歩いていく。どうして、竜が、こんなところを歩いているのかと思うとおかしい。
水晶宮は、さしたる行事もなく、のんびりとした空気が漂っている。主人夫婦も急ぎの案件もないので、公宮の中庭にある東屋で、休憩を楽しんでいた。傍らに女官が従っていて、恭しく茶器を捧げ持っている。公宮にいる限りは、出来る限り、公式の対応をすることにしているから、その女官たちに気もとめない。竜族の本拠地である水晶宮を維持管理する宮の主人夫婦というものは、私的な時間であろうとも、最低限の女官や官吏が側仕えしているものだからだ。
「では、天宮のほうへは? 」
「あなた様と長で出向かれれば、よろしいでしょう。私くしをお連れになる必要はありませんよ。」
「ですが、威(カイ)が是非にと、望んでおりますのに。たまには、水晶宮を出られるのもよろしいではありませんか? 背の君。」
天宮での行事があって、竜族からも何人かは出席しなければならない。本来は、長夫婦か主人夫婦の、どちらかが出席すればいいものなのだが、長の妻である廉は、そういう堅い席が苦手だ。ついでに、主人夫婦の夫のほうも、出不精な性質なので、どうしても、片方ずつが出席するということになっている。たまには、出て来い、と、友人である威が書状まで届けてくれても、この調子である。
「威様のお誘いは、有難いことですが・・・・・できれば、お断りしたいですね。」
茶器に手を伸ばして、主人は軽く喉を潤す。東屋に吹き込んでくる風は、ちょうど心地よく流れている。この東屋は、人工の池の上に配置されていて、そのおかげで、常時、風が通る。池には菖蒲が咲き誇り、紫の大きな花が揺れている。
これらの花の手入れも大司馬の庭師たちの手によるもので、季節感を出すために、四季の花を順に咲かせるようにしている。今は、菖蒲だが、次は睡蓮のはずだ。「行かない」 と、決定されてしまっては、妻も折れるしかない。
「・・・・わかりました。例年通り、長と参ります。」
「よろしくお願いいたします。」
「ほら、こういうのが定番だけど。」
「彰哉と同じようなものはないのですか? 見たところ、それは機能的で活動しやすいように見受けられます。」
「俺のか? 単なる安売りのTシャツとジーパンだぞ? 」
服に関心なんてない彰哉のものは、ダース単位で購入するTシャツやワークシャツと、サイズだけ合えばいいと言うジーパンだ。それなら、家に、在庫がたくさんある。問題は、ジーパンのサイズだけだ。どう見繕っても、腰は、美愛のほうが細い。
「それでよろしいではありませんか。」
当人は、そう、事もなく言うのだが、まさか、サイズを測るわけにもいかない。それに女性の服なんてものが、どういうものがいいのかもわからない。ふと、ゴムの入った安物のスカートが、目に入った。とりあえず、外へ出て行ければ、そこで、自分で探すこともできるだろう。そう思って、そのスカートだけ急ぎの宅配便で送ってくれるように手配した。それまでは、洗濯したジャージの下と新品のTシャツで過ごしてもらうことにする。
「とりあえず、これが普段着ってヤツ。」
「わかりました。じゃあ、着替えてまいります。」
さすがに、自分の前で着替えることはないらしい。洗面所のほうへと、美愛が出て行ってから、階段を登った。元保護者の部屋の扉を開けて、しばらく考えた。ずっと、このまま放置するつもりではなかったものの、片付けなど考えてもしていなかった。別に、大したものがあるわけではない。病に倒れる前に、元保護者は、きっちりと身辺整理をしていたから、私物は、ほとんど残っていなかったからだ。それでも、壁には気に入っていたリトグラフがあるし、サイドテーブルには、クリスタルガラスで出来たシャチのオブジェが飾ってある。気に入っていたらしい書物も、ベッドの横に無造作に置かれている。一年前に、この部屋の主が亡くなってから、手をつけることはなかったから、うっすらと埃を被っている。
・・・やっぱり寝るのはイヤだな・・・・
どうしても、この部屋を片付けたくない。人間の魂なんてものは、死んだら終わりだと、頭で理解していても心が納得しない。この部屋は、どうあっても、元保護者のものだ。
「やっぱ、ソファでいいかな。」
多少、狭くても、そこなら気兼ねなく眠れる。布団だけ用意して、居間で眠るという手もある。そのほうが精神的に落ち着くだろうと結論して、その部屋から出た。
「彰哉、部屋を片付けるのは、どうなりました? 」
廊下には、階段を上ってきた美愛がいた。ちゃんと、Tシャツとジャージのパンツだ。そうしていれば、今時の人間で充分に通用する。
「片付けない。俺は、居間で寝るよ。美愛には、俺の部屋を提供する。」
「なぜ? 」
「なぜって・・・・なんか、この部屋は片付けたくないんだよ。俺は、ここに間借りしているようなもんで、この家は、やっぱり義理の親父のものだと思うからさ。・・・だから。」
「そうですか。」
美愛には、彰哉が躊躇する意味が、よくわからなかった。彼女にしてみれば、代替りすれば、新しい主人が、主人の部屋に移るのは当たり前のことだ。そうやって、竜族は代替りをしてきた。今、自分の両親が住んでいる公宮は、いずれ、美愛が住むことになる。その時、自分の住みやすいように作り変える。それなのに、彰哉は、それはせずに、そのまま遺すという。人間の考えと竜の考えは、やはり違うのかと、そう感じた。誰かの持ち物という感覚で、屋敷を捉えている彰哉と、その地位に見合うものが住む場所という認識の美愛では、理解しあうのが難しい。
「とりあえず、周辺の案内はしたほうがいいのか? それとも、自分で探検するか? 」
「簡単なところで結構ですから、案内してください。」
「じゃあ、コンビニまでな。」
それから靴がなくて、彰哉のズックと靴下を慌てて用意して、ふたりして散歩に出た。田舎のことで、コンビニまで片道30分は歩く。いつもなら、自転車で走る距離だが、今日は周辺の説明をしつつだから徒歩にした。
「自転車って乗れるか? 」
「いえ、乗ったことはございませんね。」
「ちょっとした移動って、どうしてる? 」
「飛んでおります。」
「あ、ああ、そうか。」
たわいもない話をしながら、農面道路を歩いていく。どうして、竜が、こんなところを歩いているのかと思うとおかしい。
水晶宮は、さしたる行事もなく、のんびりとした空気が漂っている。主人夫婦も急ぎの案件もないので、公宮の中庭にある東屋で、休憩を楽しんでいた。傍らに女官が従っていて、恭しく茶器を捧げ持っている。公宮にいる限りは、出来る限り、公式の対応をすることにしているから、その女官たちに気もとめない。竜族の本拠地である水晶宮を維持管理する宮の主人夫婦というものは、私的な時間であろうとも、最低限の女官や官吏が側仕えしているものだからだ。
「では、天宮のほうへは? 」
「あなた様と長で出向かれれば、よろしいでしょう。私くしをお連れになる必要はありませんよ。」
「ですが、威(カイ)が是非にと、望んでおりますのに。たまには、水晶宮を出られるのもよろしいではありませんか? 背の君。」
天宮での行事があって、竜族からも何人かは出席しなければならない。本来は、長夫婦か主人夫婦の、どちらかが出席すればいいものなのだが、長の妻である廉は、そういう堅い席が苦手だ。ついでに、主人夫婦の夫のほうも、出不精な性質なので、どうしても、片方ずつが出席するということになっている。たまには、出て来い、と、友人である威が書状まで届けてくれても、この調子である。
「威様のお誘いは、有難いことですが・・・・・できれば、お断りしたいですね。」
茶器に手を伸ばして、主人は軽く喉を潤す。東屋に吹き込んでくる風は、ちょうど心地よく流れている。この東屋は、人工の池の上に配置されていて、そのおかげで、常時、風が通る。池には菖蒲が咲き誇り、紫の大きな花が揺れている。
これらの花の手入れも大司馬の庭師たちの手によるもので、季節感を出すために、四季の花を順に咲かせるようにしている。今は、菖蒲だが、次は睡蓮のはずだ。「行かない」 と、決定されてしまっては、妻も折れるしかない。
「・・・・わかりました。例年通り、長と参ります。」
「よろしくお願いいたします。」