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お父さんの仕事はありますよね!

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「今、無事に手術も終わり、放射線治療をしているところです」と微笑みをたたえて答えた。その微笑はどこか贋物のようにみえた。
「それは良かった」
 会話はそこで途切れた。小さな娘がじっと見つめていることに気づいて、
 娘に「名前は?」と聞いた。
「“カナ”だよ」とはみかみながらも答えた。
 こんなかわいい娘がいたなら、切ないだろうなと秋山のことを思った。
「また、近いうちに見舞いに行きます」と言おうとしたが止めた。
 風が吹いてきた。木立がざわめき、葉を散らした、野村の目の前にもいくつか落ちた。そのいくつかは足にからまるかのように渦巻いた。それを見ているうちにいらだちを感じて踏みつけた。
「この前、見舞い来てくれてありがとうございます。また見舞いに来てくれませんか。主人が仕事の話をしたいと言って……」と秋山夫人が言葉をつまらせた。
「仕事の話を?」
秋山夫人はうなずき、「もう本人は治って仕事に戻れると思っているみたいです。簡単には復帰できないのを分かっていると思うけど……無理なお願いをして申し訳ありません。無理と分かっても、お願いしたいんです。今の主人には、仕事と娘が生きる支えなんです」と涙ぐんだ。
「分かりました」と答えた。

 数日後、野村は秋山を再び見舞った。
 秋山は前よりも痩せていたものの、顔色は良いように見えたが、野村はその姿に父の最期の姿を思い浮かべた。
「プロジェクトはうまくいっていますか?」
どう答えていいのか分からなかった。しかし、変に嘘をつく気もしなかったので、「何とか回っている」と答えた。
 野村は黙った。
 冬の弱い日差しが窓から差している。彼の痩せた横顔の寂しさが心を締め付けた。
「そうですか、やっぱり僕がいなくとも仕事は回りますね」と微笑んだ。
「うまく回るようにしているだけだ」
もしも野村が能弁ならば、『君がいなくて大変だよ』と言えただろうが、あいにくとそんな気の利いたセリフを言えるタイプではない。
「“仕事は組織だ”と、新人のときに教えてくれましたね。組織においては、個人なんてちっぽけな存在ですね」と言った。
 夫人の期待に添えるような話が出来そうもなかった。
「また、来るよ」と言って病室を出ると、夫人と娘がいた。娘が近づいて野村の前に立った。
「お父さん、もうじき退院するの。そして、仕事をするの。お父さんの仕事はちゃんとありますね?」と聞いた。
 真剣に心配している眼差しに野村は何も言えなかった。夫人が割って入ってきた。「ごめんなさい。娘が変なことを言って、主人は娘にいつも言っているの。“早く病院を出て、カナのために働く”と。でも、ときどき、うなされて独り言を呟くの、“仕事はあるか?”とか"会社は辞めないぞ“と。娘もそれを聞いていて心配に思ったのだと思います」と夫人は涙声で言った後、「ごめんなさい」と深々と頭を下げた。
野村は「仕事はあるさ」と答えるのが精いっぱいだった。

病院を出た後、野村は町中を歩いた。町は華やいだクリスマスセールの最中だ。あちこちから賑やかな音楽が流れてくる。誰かが苦しみ、そして誰かが死の淵をさ迷っているといるのに、関係なしにお祭り騒ぎだ。父のときに感じた、この世の無常さを、野村は再び感じずにはいられなかった。