海竜王 霆雷4
用心して、深夜を廻る時間まで待ってから、砂浜へ出た。結局、彼女は、一日、家の探検をして楽しんでいた。俺が課題を解いていると、傍に寄って来て、課題について指導までしてくれた。誰かと、こうやって、一日べったりしていたことはない。義理の父親は、引き取られた頃にはベッドに沈んでいたし、それまでの施設の生活でも特定の人間と連るむことはなかった。彼女は、博識で、いろいろな話を披露してくれた。世間知らずというか、不思議な生活環境らしいのに、外国語まですらすらと喋った時には、かなりびびらされた。
「二百年も勉強すると、こうなるのです。」 と、彼女は、また大笑いしていたが、それはないだろう、それは、と、俺も軽くツッコんで笑った。
「よろしいですか? 」
「ああ、やってくれ。」
砂浜で、月を背にして彼女は微笑んだ。どんなイリュージョンが始まるのか、俺も、ワクワクしていた。彼女が、砂浜から波打ち際へ進み、それから、そのまま海へと足を踏み込んだ。
・・・え・・・
だが、水に沈むこともなく、そのままスタスタと海の上を歩いて行く。これは、俺もできるから、まあ、いいと言えばいいんだと、思い直して、じっと睨む。
「では、私の真実の姿を。」
両手を広げて、彼女が月に振り向いた。一瞬にして、光が巻き起こり、目を焼かれる。でも、目は閉じなかった。幻惑するなら、この瞬間だと思っていたからだ。音もなく、ただ、光は拡散して、そこから、ふわりと大きなものが現れる。
・・・あ・・え?・・・・・うそ・・・・
光が消え去ると、そこには、海面すれすれに、巨大な生き物が存在していた。月の光で、キラキラと輝く鱗は、確かに黄色だった。いや、金色と言ったほうが正しいだろう。トラックの比ではない。もっと大きな生き物だった。するりと、それは、俺に近づいてきた。
「いかがですか? 」
「美愛? 」
「はい。」
頷くように、一瞬、瞳を閉じたが、また、すぐに開いた。その瞳だけでも、俺の身体が入りそうな大きな穴だ。大きな口には牙がいくつも生えている。それを触ったら、硬かった。ついでとばかりに、その背中へジャンプして飛び乗ったら、弾力はあるが、体温のある身体だった。蛇みたいな身体だが、変温動物ではないらしい。
「乱暴なっっ。私の身体に飛び乗るなんて、そんな酷い真似をされたのは、初めてです。」
怒ったような声が聞こえたが、彼女は、身体を揺するわけでもなく、じっとしていた。
「これが龍なのか? 本気で、あんた、龍だったんだな。」
「私は現実しか語っておりません。」
その身体から、俺も浮かび上がり、全体像を空から見下ろした。相当に大きいが、綺麗な生き物だと思った。鱗に覆われた姿態、長いタテガミ、大きな角、どれをとっても、初めてのものだ。テレビで見ていた怪獣が、やけにちゃっちい作り物だと、それを感じた。ふわりと、その巨大な生き物も、俺の傍へ登ってきた。
「悪かった。すごいな、美愛。」
「褒めておられるのですか? 」
「え、うーん、感心してるぐらいかな。・・・なあ、ちょっと散歩しないか? このまま飛べるなら、もう少し沖まで行こう。」
「喜んで。あなたが疲れたら、おぶって差し上げますよ、月灘彰哉。」
「これぐらいで、へばる俺じやないぞっっ。じゃあ、あそこの島まで競争だっっ。」
現実感のない場所で、気分が高揚していた。今までの生活になかった刺激を、この龍がくれた。それがおかしくて、こんなのがいる世界なら、生きててもいいかもしんないと、俺は考えていた。
深夜の散歩も切り上げて、また、人型に戻った美愛と家に戻った。空想上の動物だと思っていた生き物が、そこにいる。不思議な気分で、彼女の顔を覗いたら、彼女は苦笑していた。
「もっと、怖がられるのではないかと推察しておりましたが・・・怖くはないのですか? 月灘彰哉。」
「怖くはない。なんていうか、興奮しているって感じだ。・・・俺、今まで、動物の実物っていうのも、あんまり拝んでいないからさ。いきなり、こんなでかいのと対面できるとは思ってなかったよ。」
「ほほほほ・・・でも、私は、それほど大きいほうではありません。女ですから。」
「他にもいるのか? 」
「おりますよ。竜族は、基本的に竜と、その眷属の集団です。竜も、五本爪を最高位にして、二本爪のものまでおります。数は・・・そうですね、小国の人口は軽く超えておりますでしょう。」
「あんた、五本爪だったな? 」
「はい、私は最高位の竜ですから。最高位は、長と竜王たちと、その血縁にあるものだけです。」
そして、あなたが私の背の君になる方なら、もちろん、あなたも、最高位の竜となるはずです、と、美愛は内心で付け足した。人間だった自分の父は、竜に転じて、やはり五本爪の美しい竜となったからだ。白竜であるが、あまりに鱗が美しいので、銀竜という特別な名前で呼ばれている。
・・・この青年が望むなら、いくらでも、この身を竜に転じてやろう・・・・
人間に姿を見せてはならない、と、きつく戒められていたはずなのに、この青年が望めば、その戒めも簡単に捨ててしまった。まだ、よくわからないが、何かがひっかかるのだ。これが、一目惚れというものだろうか、と、私は考えているのだが、今ひとつ判明しない。母は、けっして離したくないと、強引に攫ったのだ。それほどの気持ちは、自分にはない。ただ、この青年のことを、もっとよく知りたいと思っている。それが、初めて人間と話した所為なのか、一目惚れしてしまったのかが判別できないのだ。
「美愛、ここに住んでみたいのか? 」
彰哉の顔を眺めていたら、唐突に、そう問いかけられた。住んでみたいというのではないが、少し、この青年と話してみたいと思った。それが正直な気持ちだ。
「私は人間界のことを、よく知りません。今まで、こちらに降りたことがないのです。だから、人間というものを理解するのに、こちらに滞在したいと思っております。」
最初から婿探ししていると告げるのも、どうかと言葉は濁した。もちろん、そういう興味もあった。父が以前、捨ててしまった世界を垣間見ることができるのなら、とは思っていたのだ。
「俺んちでいいのか? もっと、都市のほうに出れば、ホテルとかもあるぞ。」
「何も知らないのですよ? 人間界のシステム自体が理解できていない状態では、何もできません。それを教えていただくことはできますか? 月灘彰哉。」
「それ、なんか、ムカつくぞ。」
「はい? 」
「一々、『月灘彰哉』って呼ぶのは、バカにしてるみたいで、俺はムカつく。名前で呼んでくれ。」
「ああ、彰哉と呼べばよろしいのですか? 」
「おう、そうしてくれ。俺も、美愛って呼ぶ。年上らしいけど、まあいいよな? 住みたいなら好きにしたらいい。元々、ここは俺の家ってわけでもないし、別に、あんた一人ぐらい増えても問題はないだろう。人間観察したいなら、すればいいさ。俺でわかることは教える。それでいいか? 」
「二百年も勉強すると、こうなるのです。」 と、彼女は、また大笑いしていたが、それはないだろう、それは、と、俺も軽くツッコんで笑った。
「よろしいですか? 」
「ああ、やってくれ。」
砂浜で、月を背にして彼女は微笑んだ。どんなイリュージョンが始まるのか、俺も、ワクワクしていた。彼女が、砂浜から波打ち際へ進み、それから、そのまま海へと足を踏み込んだ。
・・・え・・・
だが、水に沈むこともなく、そのままスタスタと海の上を歩いて行く。これは、俺もできるから、まあ、いいと言えばいいんだと、思い直して、じっと睨む。
「では、私の真実の姿を。」
両手を広げて、彼女が月に振り向いた。一瞬にして、光が巻き起こり、目を焼かれる。でも、目は閉じなかった。幻惑するなら、この瞬間だと思っていたからだ。音もなく、ただ、光は拡散して、そこから、ふわりと大きなものが現れる。
・・・あ・・え?・・・・・うそ・・・・
光が消え去ると、そこには、海面すれすれに、巨大な生き物が存在していた。月の光で、キラキラと輝く鱗は、確かに黄色だった。いや、金色と言ったほうが正しいだろう。トラックの比ではない。もっと大きな生き物だった。するりと、それは、俺に近づいてきた。
「いかがですか? 」
「美愛? 」
「はい。」
頷くように、一瞬、瞳を閉じたが、また、すぐに開いた。その瞳だけでも、俺の身体が入りそうな大きな穴だ。大きな口には牙がいくつも生えている。それを触ったら、硬かった。ついでとばかりに、その背中へジャンプして飛び乗ったら、弾力はあるが、体温のある身体だった。蛇みたいな身体だが、変温動物ではないらしい。
「乱暴なっっ。私の身体に飛び乗るなんて、そんな酷い真似をされたのは、初めてです。」
怒ったような声が聞こえたが、彼女は、身体を揺するわけでもなく、じっとしていた。
「これが龍なのか? 本気で、あんた、龍だったんだな。」
「私は現実しか語っておりません。」
その身体から、俺も浮かび上がり、全体像を空から見下ろした。相当に大きいが、綺麗な生き物だと思った。鱗に覆われた姿態、長いタテガミ、大きな角、どれをとっても、初めてのものだ。テレビで見ていた怪獣が、やけにちゃっちい作り物だと、それを感じた。ふわりと、その巨大な生き物も、俺の傍へ登ってきた。
「悪かった。すごいな、美愛。」
「褒めておられるのですか? 」
「え、うーん、感心してるぐらいかな。・・・なあ、ちょっと散歩しないか? このまま飛べるなら、もう少し沖まで行こう。」
「喜んで。あなたが疲れたら、おぶって差し上げますよ、月灘彰哉。」
「これぐらいで、へばる俺じやないぞっっ。じゃあ、あそこの島まで競争だっっ。」
現実感のない場所で、気分が高揚していた。今までの生活になかった刺激を、この龍がくれた。それがおかしくて、こんなのがいる世界なら、生きててもいいかもしんないと、俺は考えていた。
深夜の散歩も切り上げて、また、人型に戻った美愛と家に戻った。空想上の動物だと思っていた生き物が、そこにいる。不思議な気分で、彼女の顔を覗いたら、彼女は苦笑していた。
「もっと、怖がられるのではないかと推察しておりましたが・・・怖くはないのですか? 月灘彰哉。」
「怖くはない。なんていうか、興奮しているって感じだ。・・・俺、今まで、動物の実物っていうのも、あんまり拝んでいないからさ。いきなり、こんなでかいのと対面できるとは思ってなかったよ。」
「ほほほほ・・・でも、私は、それほど大きいほうではありません。女ですから。」
「他にもいるのか? 」
「おりますよ。竜族は、基本的に竜と、その眷属の集団です。竜も、五本爪を最高位にして、二本爪のものまでおります。数は・・・そうですね、小国の人口は軽く超えておりますでしょう。」
「あんた、五本爪だったな? 」
「はい、私は最高位の竜ですから。最高位は、長と竜王たちと、その血縁にあるものだけです。」
そして、あなたが私の背の君になる方なら、もちろん、あなたも、最高位の竜となるはずです、と、美愛は内心で付け足した。人間だった自分の父は、竜に転じて、やはり五本爪の美しい竜となったからだ。白竜であるが、あまりに鱗が美しいので、銀竜という特別な名前で呼ばれている。
・・・この青年が望むなら、いくらでも、この身を竜に転じてやろう・・・・
人間に姿を見せてはならない、と、きつく戒められていたはずなのに、この青年が望めば、その戒めも簡単に捨ててしまった。まだ、よくわからないが、何かがひっかかるのだ。これが、一目惚れというものだろうか、と、私は考えているのだが、今ひとつ判明しない。母は、けっして離したくないと、強引に攫ったのだ。それほどの気持ちは、自分にはない。ただ、この青年のことを、もっとよく知りたいと思っている。それが、初めて人間と話した所為なのか、一目惚れしてしまったのかが判別できないのだ。
「美愛、ここに住んでみたいのか? 」
彰哉の顔を眺めていたら、唐突に、そう問いかけられた。住んでみたいというのではないが、少し、この青年と話してみたいと思った。それが正直な気持ちだ。
「私は人間界のことを、よく知りません。今まで、こちらに降りたことがないのです。だから、人間というものを理解するのに、こちらに滞在したいと思っております。」
最初から婿探ししていると告げるのも、どうかと言葉は濁した。もちろん、そういう興味もあった。父が以前、捨ててしまった世界を垣間見ることができるのなら、とは思っていたのだ。
「俺んちでいいのか? もっと、都市のほうに出れば、ホテルとかもあるぞ。」
「何も知らないのですよ? 人間界のシステム自体が理解できていない状態では、何もできません。それを教えていただくことはできますか? 月灘彰哉。」
「それ、なんか、ムカつくぞ。」
「はい? 」
「一々、『月灘彰哉』って呼ぶのは、バカにしてるみたいで、俺はムカつく。名前で呼んでくれ。」
「ああ、彰哉と呼べばよろしいのですか? 」
「おう、そうしてくれ。俺も、美愛って呼ぶ。年上らしいけど、まあいいよな? 住みたいなら好きにしたらいい。元々、ここは俺の家ってわけでもないし、別に、あんた一人ぐらい増えても問題はないだろう。人間観察したいなら、すればいいさ。俺でわかることは教える。それでいいか? 」