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看護師の不思議な体験談 其の十六

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「ぎゃぁっ!」
 男の目の前を、黒い影が横切った。突然腕を離された私は、勢いでその場に尻もちを着く。何が起こったのか分からず、その場で動けなくなってしまった。
 男は腕を抱え込むようにして、背中を丸めている。
 よく見ると、暗闇の中に、あの黒猫が…。私と男の間にいる。
 尻尾をピンと立て、『フゥーッ!!』と威嚇の声を出していた。
 私をかばうように、男を威嚇する姿は、なんていうか、ほら。悪者から姫を守る騎士みたいな。(あ、いや、姫とかいう年齢じゃないのは分かってますけど。)
 男は、引っ掻かれたのか、手をさすりながら後ろに下がっていく。男の姿が小さくなったところで、黒猫は、尻尾はふにゃりと降ろし、私を見ることもなく歩き始めた。

「あ、ちょっとっ!」
 黒猫はピタリと足を止め、こちらを振り返った。体は闇に溶けて、大きな瞳だけが、黄緑色に光っている。
「ありがとうっ!」
(きっと、助けてくれたんだよね。)
 黒猫はプイッと顔を背けると、何事もなかったかのように歩き出し、姿を消した。
(ク、クールだなぁ…。)
 壁にもたれながら立ち上がると、鞄の中から、お昼に食べ損ねたヨーグルトが転がり出た。
(もしかして。助けてくれたのは、パンをあげたお礼だったりして…)
 そう考えると、なんだか楽しくて、一人でニヤッと笑ってしまった。
「意外に律儀なヤツなんだな…。」
 いつも病院の敷地内でウロウロしているだけだと思っていたら、まさかボディガードになってくれるとは…。
 冬の寒空の下、あの黒猫は、今日はどこで寒さをしのぐのだろうか。今度は内緒で、タオルケットくらい持ってこようか。今日のお礼に。
 

 ちなみに…、次の日の朝、あの警備員に大声で突っかかっていったのは言うまでもありません。