喫茶銀河「憧れの人」
詩織は無邪気に喜んだ。いくら人気ドラマを書くライターでも、名前は知られていても、俳優と違い、顔までは世間一般には知られていない。
思わぬところで思わぬフアンに出会って詩織も嬉しいらしい。
「私もシナリオの勉強はしているんですけど、どうしたら先生のような作品が書けるんでしょうか」
久美はふたりの間に割り込んでいるのも気づかずにいつまでも話しかける。こんなチャンスはないのだ。
しかし、連れの若い男が、とがめるような目を久美に向けた。
見ると結城までが、もうそれくらいでいいだろうと久美を手招きしている。
「あ、失礼しました。又是非いらして下さいね」
「ええ、美味しいから又きますよ」
詩織が愛想良く答えた。
久美が去ると、待ちかねたように男が顔を寄せて詩織に話しかけた。
「さすがですねえ。もう、貴女は一流のライターさんだ。貴女が有名になればなるほど遠い人になっていく」
「隆司クン、そんな心配しないで、あなたは私の一番の理解者で一番のお友達よ」
「お友達ですか……。僕は貴女が好きなんです。あの日のことは忘れることが出来ません。それともあれは一時の戯れだったんですか?」
「戯れだなんて、そんなことないわ。でもね、もう少し心の余裕を欲しいの」
詩織はしなやかな手でロイヤルコペンハーゲンのカップを持ち上げると優雅に口をつけた。そして甘い視線で隆司と呼ばれた男を見つめる。
「信じていいんですね。僕の手から離れていかないでください」
さらに男が追いすがるような目で女を見つめる。それは、情熱のたぎる若い男特有の熱い憧れの目だ。
カウンターの中の結城にはその会話は聞こえないが、ふたりの雰囲気で察していた。
若い男というものはどうして、あんなにあせるのだろう。
あの二人、結局別れるだろうな……。
人生の様々な舞台を経験してきた結城の勘だった。、ともかく二人とも幸せになってほしい――。
終わり
作品名:喫茶銀河「憧れの人」 作家名:haruka