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ぬるめのBL作家さんに100のお題

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泣き虫と寄り道






「あ、ちょっと何してんすか」
「何、って・・仕事・・・」
「いいから寝ててくださいよ、もう飯できますから」

ほら、とこたつの上に広げてたノートの束を取り上げられた。もうすぐ一段落だと言うのに腹立たしい。仕事を取り上げられた以上、つまらない昼間のワイドショーを見ていても時間の無駄なので、テレビを消してそのまま後ろに倒れるように寝そべる。

「先生ほら」
「あんだよ、寝てるだろ」
「なんでこたつですか。ちゃんとベッド行って寝てくださいよ」
「もう飯できるんならここいたっていいだろ・・・つか、そこまで重病人じゃねぇし」
「程度じゃないんですよさっき計ったら熱あったでしょあんた。無理して悪化したらどうするんですか」

たかが風邪だ、とはこいつには言えない。
俺よりも一回りも下のくせにやたらあーだこーだ言ってくる。どうしてそんなに口うるさく言うんだ、お前は俺のお母さんか、と前に聞いたら「好きだからですよ」としれっと言い放った。人に好かれて悪い気はしないが、こいつは男で、しかも生徒である。それがいかに世間の「普通」から外れていることなのか、きっとこいつは一時の気の迷いというやつでまだ知らないんだと思う。
だったら俺が最初のうちにきっぱり突き放していればそれで済む話だったのかもしれないが、保身がどうも先に来た。当たり障りのない態度を続けていたらこんなことになってしまった、俺の人徳の高さとはたまた真逆の人間としての意地汚さが招いた結果である。
のそのそとこたつから這い出るとぶつぶつ言いながら台所に戻っていった。うわぁ若干焦げてる、とかあまり穏やかでない単語が聞こえた気がしたが見に行ったら確実に面倒な説教を食らうことになるので仕方なく布団にもぐりこんだ。もう一度言うが、生徒は俺よりも一回り下である。

「先生」
「何だ今度は」
「飯できたんですけど今食いますか」
「・・・食う」
「じゃあ持ってきます」

そうだ、どうしてこういうことになっているかを説明しなければならない。誰に、と突っ込みたくなるが、自分にだ。頭の中の整理も兼ねて説明しよう。
風邪を引いた。深夜にやたら熱が出て、唸りながら一晩過ごして翌朝病院に行った。夜よりは大分楽になっていたものの仕事が休みでよかった、と思ったのも束の間。処方箋を待っているときに「先生?」と声をかけられて振り向いたらそこに奴がいた。身内の見舞いの帰りだったらしい。上はスウェット、下は高校ジャージ、装備はマスクという明らかに病人の出で立ちの俺に生徒が気づかないはずがなく、自然に家まで着いてきやがった。
そしてまた追い返せばいい話なのだがこいつと軽口の応酬をする気力が残念ながら足りなかった。というのもともすれば言い訳で、こいつの好意を利用している、という既に死語かもしれないが魔性の女のような打算がないとは言い切れない。少しは楽と言っても本調子ではないのでやっぱり怠い。自炊は必要に迫られてやっているが基本的には面倒くさい。
やっぱり打算、計算なのかもしれない。

「・・・・あーあ」
「どうしました?」
「いや、なんでもね」
「冷蔵庫の中のもんで作ったら鮭粥になりました。冷蔵庫にあったってことは別に嫌いじゃないですよね」
「ああ、うん」

お椀に入った至って普通の粥が出てきた。焼鮭がいい具合に混ざっていて(確かに若干焦げてたけど)、男子高校生の作品としては平均値以上というか、本格的にお母さん感が否めない。
一口食べた。
熱かった。
大いにむせた。

「うわ、大丈夫ですか!?」
「・・・っ、あっつ、」
「すんません!」

ベッドの横に置いていたミネラルウォーターのペットボトルを蓋を開けて差し出される。ぬるくなった水を流し込んだらそれが気管に入ってまたむせた。呼吸が怪しくなってきて涙が出た。軽い呼吸困難になっている俺の背中を生徒がやたら優しくさすっていて、俺もこいつも何をやっているんだろうと別の意味で泣けてきた。

「せんせい、」

生徒の声が泣きそうだった。何故お前が泣く。

「死んじゃやです、」

死なない。死なねぇよこんなんじゃ。死んでも死にきれねぇよ粥が熱くてむせて?そんで飲んだ水が気管に入ってむせて呼吸困難でお陀仏?ない。本当にそれはない。
鼻の奥がつんとした。徐々に呼吸が落ち着いてきて、今度こそちゃんと水を飲む。

「・・・こんなん、で、」

死ぬかよ、と続けようとした。
続けようとした、ということは続かなかった。
短めの睫毛を湿らせた生徒の顔がすぐ目の前にあったからだ。

「・・・」

ぶつけるような、相当不器用だけどやわらかなキスだった。
しかし、生徒。
そして、俺は先生。

「、おまえね、」

ごめんなさい、と口だけが動く。もごもごしたそれを耳が聞き取る前にもう一度唇がぶつかった。今度はさっきのような触れるだけのものじゃなく。

「っん、ぐ」

なんだ。なんだこれは。何故俺は生徒にこんな不純同性交遊のはじまりのようなことをされねばならんのだ。
自問してみたが既に答えは出ている。
俺の回答が曖昧だからだ。
生徒の好意をいいことに、俺を好きなのをいいことにその先の行動の選択をしなかった。
突き放すか、はたまた付き合うか。後者は職業的にかなりまずいが。手を出されたのは俺なのだが、世間的には俺が手を出したということになるんだろうな。
こうしてまた保身を考えてしまうところがよくないところだとは俺も重々理解している。

「ごごごごごめんなさい!」

体を離した生徒が慌てて立ち上がって慌てて扉に向かっていく。

「・・・待てよ」
「いや、ちょっとこれには深いわけが・・・!」

あらぬ方向に視線が泳ぎまくっている生徒をとりあえず座らせた。さっきまでの俺なら何故引き留めた、と下らない自問を始めていたところだろうが、今の俺は一味違う。
これを機会にどっちつかずの自分にケリをつけなければなるまい。

「で、深いわけとは」
「こんなこと言ったら100パー引かれると思うんですけど・・・あと実はまったく深くないです・・・」
「いいから。引くかどうかは話を聞いてから俺が決める」

先生は横になっといてください、とこんなときにも心配されてしまった。面倒なのでベッドに入ったまま正座してうつむいている生徒のつむじを見つめる。左巻き。

「病院で先生のこと見つけて、学校じゃスーツとか白衣とかしか見ないから、部屋着うわぁとか思って、しかも先生風邪引いてて弱ってて、不謹慎にもぐっときちゃって、そのままついてきちゃったら入れてもらっちゃって、あー先生こんなとこで暮らしてんのかなとか・・・結局下心満載で来たんですけど・・・それで、更に不謹慎なことに、むせてる先生見てたらこう、こう、むらぁっと・・・本当にすいません・・・」

ずず、と洟をすする音が聞こえた。だから泣くな。泣くなよ。泣きたいのは俺だよ。今までがっつり向かってきてこんな局面で泣くなよ。

「・・・そうか、お前はそんな風に思っていたのか」
「やっぱり引きましたよね・・・」
「対象が俺ということを除けば、健全な欲求だとは思うよ」

ぽん、俺の右手が勝手に動いて生徒の頭を撫でた。

「改めて聞くけどさ」
「は、はい」
「お前俺のこと好きか?」