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春時雨に染まる眼鏡

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 1人ぼっちの孤独よりも、2人でいる孤独の方が何倍もしんどいなんて一体誰がわかったでしょうか。思えば孤独とはなんて傲慢な思いなのでしょう。孤立や疎外等とは違う。単に自己観念、自己意識の問題なのです。孤独を感じるのは、自分の欲求が満たされていないから、相手に自分が受け入れられていないように感じるから等成立ちは自分がそう思う事からです。けれど、相手が自分の気持ちを理解し得ないと思うのならば、逆に自分も相手の気持ちを理解し得ない事になるのです。それを克服しても尚孤独を感じるという事は、自分が相手を理解した同じだけの理解を相手に求めている事になりはしまいか。だとしたら、永遠に相互理解なんて不可能です。人はそれぞれ価値観や持っている物差しや感情の計り方感じ方が基本的に違うのだから。自分とぴったり同じものを持っている人間なんている筈がないのです。自分にとって大きくても相手にとれば小さいかもしれないし、大袈裟に感じる事でも相手には些細な事になるかもしれない。そんなものなのです。一部だけでも共感できたらそれで良いと思うのですが、恋愛となるとそれ以外の欲や甘えがわんさか入り込んでくるのです。動物の求愛行動に見た目は似て見えるくせに、実はその大半以上が様々な欲で構成されている恋人や伴侶に対してのアピールとレスポンス。損得勘定と思えなくもない期待。それにどっぷりと嵌り込んでしまった私達。相手に対してのデータに落胆や諦めの記憶をその時の不服な自分の目方と感情でどんどん追加記入し上書き保存していってしまった私達。それもその時の報われなかった自分の悲しみや寂しさや傷つきがより目立つように派手な効果をたくさん使って、後で見たらまっさきにそれが印象的に思い出されるように・・・
 でも、一体なんの為に?
 ふと白いペンキを巻き散らしたような窓ガラスの向こうに、雨に揺れる度にグラニュー糖でも零れ落ちそうな白椿の花が撓わに茂る木が見えたのです。
 彼はまだ帰ってきませんでした。私は車から降りて、その椿の灌木の近くに歩いて行きました。足下には落ちた花が幾つも転がり、端から茶色く変色していました。練りきりのように滑らかで美しいその花達の表面にはひっそりと雨宿りでもするように縞の衣服に身を包む天道虫の幼虫が何匹もくっ付いていました。風雨が吹いて椿の木を揺すり、椿の慎ましくもの言わぬ香りに顔を傾ける私の顔に冷たい水滴を落とします。
 どうしたらいいのかわかりません。わからなくなってしまいました。どうでもいいと言う投げやりな気持ちでいっぱいなのです。こんな情けない私等、もういっその事このまま消えてしまえばいいのではないでしょうか。そう。消えてしまえばいいのだ。知らずに強く願っていたのです。
 すぐ近くの空からは夕方の強い斜陽が強く増々明るく帯を引き、辺りは気違いのように桜の花弁混じりの春時雨が降りしきっていたのです。彼が帰ってきました。私を認めて小走りに駆けてきました。気のせいか、濡れてくっ付いた髪の間を透かして彼のかけている眼鏡が不思議な色に光っています。
「消えたのかと思った」
 そう彼が口にした瞬間、私は彼と私とおぼしき女性の姿をぼんやり眺めていたのです。それは或いは私の脳が映した幻だったのかもしれません。
 降り注ぐ春時雨色に染まった眼鏡に表情の伺い知れない彼が彼女の手を引き寄せ、引き寄せられて彼女が彼に寄り添い仲睦まじく抱擁し合いながら徐々に遠ざかっていくのです。2人は車に乗り込み、走り去りました。私はそれを雨に打たれながら静かにけれど呆然と見ていました。今のは・・・?
 ふと雨が通り過ぎ、刺すような西日の中、湿り気を帯びた酸素と豊かに土に吸い込まれていく水分の音を体中に感じてようやく気付いたのです。ああ、終わったのだと。
作品名:春時雨に染まる眼鏡 作家名:ぬゑ