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海竜王 霆雷2

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父が人間として住んでいた国は、すでにない。だが、そこには、父が住んでいた時と同じように人間は住んでいる。なぜだか、ここに来てはいけない気がして、ここだけは避けていた。だが、どうにも見つからなくて、足を延ばした。
「深雪が住んでいた場所へ行ってみるか? 」
 三叔父上が、そう勧めてくれたが、私は頷かなかった。
「そこではなくて、行きたい場所がございます。」
 母から、父の住んでいた国に行くことがあったら、是非、赴いて欲しいと頼まれた場所がある。もうひとりの私が眠る場所だ。私の名前は、その人間と同じものだった。半分だけ血の繋がった相手だが、相手は、すでに鬼籍に入っている。父が、人界の残した娘だ。
 母は、その娘と同等の愛情を、私に注いでくれるように父に頼んだ。父が、残した人界の娘は、顔すら見せなかったそうで、私を抱き締めて、その名前の娘を愛してくれれば、人界の娘も愛されていると思えるだろうと、母は言ったのだそうだ。
「姿形は、おまえと瓜二つでしたよ。」
 懐かしそうに、母は、遠い場所に目を遣っていた。父は、最期まで顔合せをしなかったが、母は、最期に挨拶だけはしたのだそうだ。だが、それも二百年以上、昔の話だ。


 母から教えられた場所は、何もない原野になっていた。人界では墓というものを作るのだが、それも朽ちてしまえば、残らない。二百年以上の時間は、やはり、墓というものすら風化させていた。
「ここに、ちまちまと転がっている石が、そうだろうな。」
 三叔父上が、原野に、転がっている石を指差して、そう言った。たくさんの石の欠片が、そこには転がっていた。それが、草に隠れている。風が吹けば、少し形がわかるとい程度のものでしかない。すでに、魂は転生しているだろう。だから、ここには、何もないはずだ。
「深雪の親父殿の墓もあったはずだが、もう、どれかわからないな。昔は、ちゃんとした石が置かれていたんだがなあ。」
「三叔父上は、いらっしゃったことがあるのですか。」
「ああ、深雪の代わりにな、花を手向けたことが、何度かある。まだ、神通力を持てなくて、深雪は来れなかったんだ。」
 いろいろと事情があって、ここに出向くことが叶わなかった、とも言った。父は、私や弟たちにも、人間だった時のことは語らなかった。だから、私たちは、父がどんな人間だったのか、知らない。
「父は、人間としての生を幸せに暮らしたのでしょうか。」
「・・・・俺には、幸せだったとは言い難い。だが、深雪は幸せだったと思っているよ。おまえの父親は、心根の優しい人間だった。それを育てた親父殿も優しい人だった。たぶん、忘れてはいないだろう。語らないのは、人間としての自分と決別したからだ。」
「決別? 」
「そう、決別だ。深雪は、命数のギリギリまで人間として生きた。だから、人間で居られる時間は終ったんだ。」
 竜と人間は違う生き物だ。だから、いつまでも人間のままでいてはいけないと、父は考えた。だから、人間だった時のことは口にしないことにしたらしい。だから、三叔父上ですら、人間の娘のことは、私が言うまで知らなかったのだそうだ。
「さて、これでは、どこへ花を手向けてよいのか迷うな。どうする? 」
 広い原野に、ぽつぽつと転がる石の欠片。確かに、花を手向ける場所がない。
「なら、花を満遍なく散らせてまいりましょう。」
 私が、手で、空間を掴むようにすると、どこからか花が流れてきた。白い花だった。それが、私が作る風と共に、その原野に降り落ちていく。

・・・もうひとりの私・・・・これでよろしいかしら? ・・・あなたが先に得られたもの、それから、得られなかったもの、私は、これから、それらを得ていく。あなたが逢えなかった私の父を恨まないでください・・・・

 たくさんの花が、原野に降り落ちて、辺り一面が雪が降ったように白くなった。これでいいだろう。
「さて、私の婿殿に相応しい方を探しましょうか? 三叔父上。」
「おまえに相応しいのは、一体、どんなものなのか、私には皆目わからないがな。」
「ほほほほ・・・・母上が父上を見つけられたのです。私にも、同じように出逢いがございますよ。」
「あはははは・・・あれは、おまえ。拉致と言うんだぞ、美愛。一目惚れして、捉えて、けっして放さなかったんだからな。」
「でも、父上は、私に、『楽園に住んでいる。』 と、申されましたよ。」
「おまえの父親も、大概に浮世離れしていたからな。あれが、愛情表現だと思っていたんだろう。」
 いや、まあ、愛情表現だったわけだけどな、と、三叔父上は大笑いした。子供に戻った父は、とても身体が弱くて大変だったそうだ。だから、母は時間の許す限り、その傍に居たらしい。





 こちらの人外へ挨拶に行くという三叔父上と別れて、月夜の海岸へと降りた。真夜中過ぎのことだから、人間は誰もいない。あれから、七十年だ。いい加減に現れてくれてもよさそうなものなのに、なかなか、私の背の君は現れない。まだ、私は年若いから焦らなくてもいい、と、誰もが宥めてくれるが、それも寂しいものだ。
・・・・静かだけど。物悲しい気分になる・・・・
 たまには、どこかで派手に暴れて、この憂さでも晴らしてやろうか、と、考えていたら、背後から声が聞こえた。
「おいおい、こんなとこで、コスプレして歩くのは、どうかと思うぞ。やるなら、晴海でもお台場でも行けばいいだろうに。新宿にも、そういうとこがあるらしいしな。」
 人間に見つからないように、結界は張っていた。
・・・では、人外のもの・・・ならば、ちょうど、よい憂さ晴らしのタネが来た・・・
 振り返らずに、背後へ軽く波動を叩きつけたら、パチンと、その波動が破裂した。
「あのなぁー、こういうことも、やりたいなら、そういう場所へ行けよ。」
 相変わらず、面倒くさそうな声がする。かなりの力があるのか、と、嬉しくなって、もう一度、今度は少し強めに波動を叩きつけた。だが、先程と同じように、パンッッと、波動は砕けた。
「こらこら、いくらなんでも、いきなり喧嘩ふっかけるのは、どうなんだよ? おまえ、女装のレイヤーかあ? 」
 女装の辺りで、カチンと来て、振り向いた。そこには、普通の青年が立っている。それも、その気は人間のものだ。
「あれ? どっちか、わかんねぇーな。男か? おまえ。」
「誰が男ですかっっ、失礼なっっ。」
「失礼っていうなら、そっちのほうが失礼じゃないのか? いきなり、攻撃するって、どーなんだよ。普通なら、怪我してるとこだぞ。」
「怪我するような相手なら、やりません。」
「はあーん、そうかい。だが、因縁ふっかけられる理由がないんだけどな、俺には。」
 ゆっくりと、青年は近づいてきた。顔が判別できるほどになって、ぐっと、息を呑んだ。別に容姿が際立っているわけではない。ただ、その瞳が月を写している姿に、思考が停止した。背後から立ち昇る妖気のような気が、ゆらゆらと空へ登っていく。
・・・なに?・・これは・・・
 停止した思考が動き出して、自分の感情がわからなくなった。なんだかわからないが、唐突に、戦ってみたくなった。叩きのめして、砂浜にひれ臥せさせてやりたくなったのだ。
作品名:海竜王 霆雷2 作家名:篠義