miscellany
ヒルネドキの闘い
「眠い……寝る……」
宣言されるとほぼ同時に、右肩に重みが掛かる。寝息が聞こえてきたのは、それからきっかり五秒後だ。
ポカポカ陽気の昼下がり。人気のない屋上で、眠りたくなる気持ちは良く解る。飯も食って腹も膨れ、あとは寝るだけと言いたくなるノリも良く解る。
けれども人の肩を、さも自分の枕か何かの様に扱うのは已めて欲しい。つーかマジ顔近いからっ!!
バクバクと早鐘を打つ心臓を鎮まれ〜鎮まれ〜と宥めながら、人の気も知らずに眠りやがった相手の横顔を盗み見る。長い睫毛が白い頬に影を落とし、緩く開いた薄桃色の唇は気持ち良さそうな呼吸を繰り返す。
何でコイツはこんなに綺麗な顔をしてるんでしょう。神サマは本当に不公平だ。
トクトクトクトク……。
寒くなってきたこの季節。人の温もりは酷く心地良い。
トクトクトクトク……。
柔らかな風に運ばれてきたシャンプーの香りは、俺も使っている銘柄のもの。お揃いってことですか?
嬉しくなってつい手を伸ばす。起こさないようにそっと……まるで壊れ物にでも触れるみたいに、俺はその髪を梳いた。
「ン……」
「っ!!!?」
急に奴が洩らした声ともつかぬ吐息。俺はそれを聞くなり、カチンと躰を硬直させた。
すると追い討ちのように、頬でスリ……と肩に擦り寄って来る。
――襲ってもいいですか?
浮かんだその問い掛けを瞬時に打ち消すと、俺は奴がいる側とは逆の方向に視線を逸らす。これ以上コイツを正視していたらこっちの身が保たない。
――もしも。
もしも俺がお前を邪な目で見ていると知ったら、お前はどんな顔をするのだろう。
受け入れてはくれないだろうな……と、諦めを含んだ溜め息を吐く。それはやがて空気に混じり、俺の心の隅にだけ残った。
ポカポカ陽気の昼下がり。俺は独り悶々としながら、今にも暴れ出しそうな俺の中のケダモノと、孤独な闘いを繰り広げていた。
END
作品名:miscellany 作家名:やまと蒼紫