海竜王 霆雷1
「ああ、いいえ、実際にではありません。夢の中のことだったから、背の君は生きておられます。ただ、そのお心の深さが、私には悲しかった。無理矢理に攫っても、背の君は、私を拒絶されるのだと思い知らされました。・・・・ですから、十年待ったのです。あの方しか欲しくなかったから、あの方が、人界での生を費えさせる時まで、私はお待ちした。あの方は、とても優しくて残酷な方です。」
そして、父は神仙界に移り住み、そこでも母を二百年待たせた。子供に戻って、竜としての教育を一から受けたからだ。母は、けっして気の長い方ではない。でも、待てたのだ。
「すごい仕返しですね、母上。」
「ええ、すごいでしょ? 私くしは、余計に惚れこんでしまいましたけどね。・・・おまえの背の君が、どんな方であろうと、おまえが選ぶのです。その方が、おまえにとって、どんな方であろうと、おまえは、けっして離れられないはずです。それほどの想いがなければ、黄龍は子を産まぬ生き物です。」
母は、毅然とした態度で、私に、そう告げた。そんな熱情を、私は持てるのだろうか、と、疑問に思ったが、それでも、その熱情をくれる相手が、どこかに居るのだとは思った。黄龍は、基本的に、一族に必要な能力を持つ相手を、本能で選ぶのだと言う。
確かに、母は、人間として特殊な能力を持った父を選んだ。そのお陰で、私達子供も、父と同様の能力を授かり、弱くなったと言われていた竜王たちの能力を底上げした。
・・・・一体・・私は、どんな相手を選ぶのだろう・・・・
考えてもわからない。本能で選ぶのであって、理性で選べないからだ。私が選ぶ相手は、次代の竜王たちに、新しいものを与えてくれる。そして、私にも、母と同様に、大切でけっして離れられないと願うほどの熱情もくれるはずだった。
その相手が見つかるまで、五十年の時間が必要だった。そして、母の言ったことも、父が語ったことも、本能で理解した。
大切で、何ものにも替え難い相手というものが、どんなものか、ようやく、私は、そこで理解した。