マジェスティック・ガールEp:1 まとめ
5.
全長八百mの体躯を誇る、バルト級巡洋艦<スイレ―ン>。
連邦統合軍、第三宇宙艦隊に所属するこの艦は、対人戦を考慮した通常戦力を保有する常備軍だった。
艦にはこの時、たまたま『乗客』がいた。連邦政府直属の特殊部隊<GASS>。
その主任務は、『マンハント』。つまりは、対テロ用に組織された精鋭部隊。
彼らは、”対人戦”に於けるスペシャリストだった。
<スイレ―ン>は、極秘任務を帯びた<GASS>を、作戦地域に送り届ける為、秘密裏に動いていた。
『汚染災害処理』こと、<ガ―ベラ8>撃滅作戦の折には、アクトゥスゥ変異体と接触する恐れのある地域に在駐する常備軍などにはミストルティンから前もって退避勧告が届けられる。
ところが、この<スイレ―ン>には届くはずの退避勧告が何故か届いていなかった。
それは状況がもたらした『人災』だった。
政府直属にある<GASS>は、秘匿性の高い部隊であり、表に出せないような案件を処理するのが主任務である。その独立裁量権限は、ミストルティンよりも高い位置にあり、どの部隊の任務よりも優先される。
つまり、この<スイレ―ン>は本来、この宙域にいるはずのない存在。
そんな彼らが、自らの存在を証明する行為など出来はしない。よその部隊からの通信を受け取るなど以ての外である。後々、証拠として残るからだ。
その為、<スイレ―ン>は外部からの通信を全てシャットアウトしていた。
それが、災厄を招く結果となった。
巡洋艦<スイレ―ン>の艦内は惨憺たる有様だった。空気は血の臭いでむせ返り、鉄分の臭気を発している。そこかしこに、かつて人だった”モノ”が無残な形となり散乱し、その内部から赤黒いモノを覗かせ…。
あちこちから聞こえてくる、怒号と悲鳴。銃撃と、重火器の発射音。爆音に破砕音。
床をならす地響き。そして、水袋を床に叩きつけたような音。
……びちゃ!…ばしゃ!べちゃ!
嫌でも頭の中に、”とある”想像がよぎってしまう。まさに、この世の地獄。
これが、アクトゥスゥ変異体が人や生命に接触したことで引き起こされる結果であった。
「ひどい…こんな」
目の前に広がる光景に、ミミリは口元を押さえ、眉間に皺を寄せた。
あまりにも悲壮で凄惨な現場を前に、動揺を押さえきれない。目の焦点があわない。くらくらする。
形象崩壊し、赤い液体と化し爆ぜ飛び、光の粒子となって消えていく変異体。
それを目の前にしつつ、ヒューケインが背中を向けたまま語った。手にした”ケイン”。近接型EVB兵器『裁断剣』を手元でくるりと回して。
「アクトゥスゥに憑依され、支配された生物には、あいにく”乗っ取られた”という”自覚がない”。深層無意識のレベルで支配操作されているからな。乗っ取られたら最後。
集団の中に紛れ混み素子をまき散らして変異体を増殖させる苗床になるか、自分が化け物になったことに気がつかず同胞に攻撃された結果、不安と焦燥に駆られ、安心と安寧を求めて他者に接触しようとする。そして、勢い余って破壊してしまう。
そうなったらもう”駄目”だ。生命にとって、ただの害悪でしかなくなる。
残った救いは、ただ一つ。…”楽にしてやる”しかねぇのさ。
それで、”めでたし”。『アンハッピ―エンド』…ってな」
<スイレ―ン>の外部に備えられたメンテナンス用ハッチから艦内に進入した一同は、ヒューケインの指示に従い、三組に分かれて散会。クル―の救出と救護などに当たっていた。
ナズナとエンリオには、クルーの脱出と避難艇への誘導を最優先に、凛とツツジには、
”とある”ことを優先するよう伝えてある。
ヒューケイン達は、艦の責任者を探している最中であった――無線を使って連絡を取ればいいのだろうが、それは出来なかった。
電磁波で電波を攪乱し、電子部品を破壊するEMP場が艦の中に展開されていたのだ。おそらくアクトゥスゥ変異体の仕業だろう。そうしたマシンに憑依してやってのけたのだ。
―――その最中、ヒューケイン、栞、ミミリの三人は、壁一枚隔てた向こうの区画で、クル―を追いかけ回している変異体をレ―ダ―で発見。
間に合わないと判断したヒューケインは、力任せに隔壁を突き破って、変異体を阻止・撃滅したという顛末だった。
「大丈夫ですか?」
ミミリが、壁に背中を預けへたり込んでいるAQUA―S姿の女性士官に声をかけた。
女性士官は、神経衰弱し声が出ないようで、ゆっくりと二回頷いた。真っ青な顔で、カチカチと歯を鳴らし、がくがくと身を震わせている。
死に迫られ、精神を抉られる程の恐怖を植え付けられたのは、見て明らかだった。
ミミリは、ペンライト型のアクトゥスゥ素子スキャンツ―ルを女性士官に向けてみる。
反応は、規定基準値以下。汚染反応は見受けられない。
有限ではあるが、アクトゥスゥ素子をはね除ける抗体溶液でコ―ティングされたAQUA―Sを装備しているお陰と言えた。
宇宙に出る際、アクトゥスゥと接触する危険のある宙域では民間・軍属問わず、必ずAQUA―Sの装着が義務付けられる。AQUA―Sさえ機能していれば、空間を伝播し物質に憑依しようとするアクトゥスゥ素子による汚染リスクは激減する。変異による二次被害も防げると言うわけだ。
惨状を目の当たりにして、ミミリの脳裏に一つの疑念が浮かんだ。
『もしかして、自分がこの場に来たことで、『不運』を招き寄せて
しまったのでは?この事態が起こったのも、自分が持つネガティブな
性質のせいなんじゃないか?実情は違えど、ミミリ・N・フリ―ジアという
『存在』が『起因』となって、この惨劇は引き起こされたのでは?』
かつて、自分と接点を持ったことで不幸な事態に見舞われたことを嘆き、呪いと怨嗟を吐く人々の声が、頭の中で反響した。
『お前がいるせいだ』『アンタのせいよ』『どういうことだよ、説明してくれよ』
『いつも、いつもよぉ―』『なんで俺がこんな目に遭わなきゃならない』
『嬢ちゃんの時に限って、面倒が起こるんだよなぁ』
『またお前かよ』『おい、こっちくんな』『この疫病神め』『いなくなれよ!』
――――――不幸を引き寄せているのは自分のせい?
心の底から、黒い粘液が、ドロドロとわき出してきた。あらゆる負の情念を混ぜ合わせた、どす黒い粘液が。
(やっぱり、私が…私が…!)
心が黒い思考の渦に捕らわれたその時。
「ミミリ、その人はお前が守れ」
女性士官を、アゴでしゃくって指すヒューケインによって中断された。
「私が…。そんな、出来ませんよ…。私、じゃぁ…。だって、私は…」
自分に出来るわけがない。自分と接点を持った人は、必ず決まって不運に巻き込まれる。こんな自分が、人を守るだなんて…。
「状況を見て、びびって萎縮しちまったか?それとも、この事態も自分が『不運を引き寄せたばかりに起こった』とか、そんな風に考えてるんじゃねぇだろうな?ふざけんなよ。さっき、言ったよな俺」
数時間前。初めて会った時、ヒューケインが言ったこと。
――運命って奴は、なるように成る。
――それを誰か一人のせいにすることなんて出来やしない。
――思いつめるのは心に毒だぜ。
作品名:マジェスティック・ガールEp:1 まとめ 作家名:ミムロ コトナリ