all night!
フェンス越し
「止めないからな」
「いいよ」
屋上。風が強く吹いている。曇天。湿気た匂い。
錆びたチェーンとはがれかけた「立入禁止」の赤い文字、もたれた背中でフェンスがかしゃん、鳴る。
2つ並んだスニーカー。
「あのさ」
「うん」
「お前今、どんな顔してんの」
ぱたぱたと襟が揺れる音がする。振り向かない代わりにそんな質問を口にした。
「別に、いつもの顔だけど。お前が欲情するよーな顔はしてねぇよ」
「そりゃ残念。記念にマスかいてやろうと思ってたのに」
「うわ最悪」
声からなんとなく表情が分かる。今は言葉通りに心底嫌そうな顔。こいつは割と声通りも表情をする方だから、正直言ってさっき聞いた意味はさしてない。
「どうすんの」
「何が?寒いからやっぱやめっけど」
「そっちじゃねぇよ死ね変態」
「道連れはやめてくれ」
今はまだ少し、メンドクサイ。いくら好きでも、メンドクサイ。
「ああそう。ふうん」
「来てほしいわけ?」
「いんや、そういうわけでは」
この声からは読めなかった。顔は見ないって俺が最初に言ったから、与えられるのは聴覚だけ。それと、脳内で推測する視覚。
「じゃあまたそのうち」
「おう。記憶の名のお前で精々スッキリするわ」
「寿命で死ね」
「本望」
後ろ手で掴んでいたフェンスに絡めた指が人の手によって解かれた。
左手の薬指をぎゅっと痛いくらい握られて、耳元で「ばいばい」と純粋も笑われた。
「ばいばい」
振り向いてもそこにはもう、ひたすらに空の向こうを夢むきみはもういない。
だから振り向かない。そのまま屋上を出て、日常にとけるほかないってことで。
作品名:all night! 作家名:蜜井