看護師の不思議な体験談 其の十三
テキパキと準備に取り掛かる。とりあえず、陣痛室や分娩室の電気を点けた。Nさんの話を聞いたばかりだから、かなり怖かったが、電気を点けてしまえばこっちのものよ。
そんなことを思いながら、着々と入院の準備を済ませた。
しばらくし、初産婦さんが旦那さんに付き添われながら入院となった。有効陣痛もきており、分娩進行は順調。後輩Nさんが受け持ち、陣痛室のほうへと案内していた。
電子カルテへ、入院管理の入力をしていると、Nさんが離れたところから私に向かって手招きしているのが見えた。
(何よ、もう。)
近づくと、陣痛室前の廊下に、初産婦さんが座り込んでいる。
「大丈夫ですか?痛みが強くなりました?」
そう尋ねると、初産婦さんの後ろでNさんが苦笑いしながら首を横に振っている。
初産婦さんは、というと。
「この部屋には、入りたくない!」
見ると、陣痛室の扉が開けられており、そこからいつも通りの畳が見える。
「陣痛室…ですか?あの…」
理由を聞こうとした。初産婦さんは、ぎろりとこちらを見た。
「だって、この部屋、下半分真っ黒なんだもん!」
恐怖なのか陣痛の痛みのためか、初産婦さんはうめき声をあげながら涙を流し始めた。
「……。」
(えぇぇぇ…。)
もう、何て返事したらいいんだ。後ろにいる後輩を見ると、
(だから、杉川さんを呼んだんです。)
と目で訴えてくる。あげくに、そうっとその場を離れた後輩N。
(あいつ…、後で覚えてろ…。)
旦那さんに聞くと、奥さんは霊を見たりはできないけど、そういう雰囲気は感じ取れるのだそうだ。
結局、分娩の進行も早そうで、そのまま分娩室へ直行し、陣痛室は使わなかったのだけど、結局なんだったのか。とりあえず、分娩後はケロリとした表情で、幸せそうに児を抱いていた奥様。
この日を境に、誰一人として陣痛室を仮眠室として使う人はいなくなりした。本当、もう絶対無理ですね。
(あ、前回の『其の十二』でお話した、後輩Kだけは変わらず、陣痛室前の廊下で寝てます…恐るべし。)
作品名:看護師の不思議な体験談 其の十三 作家名:柊 恵二