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Cross emotion

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三人の王子と一人の姫が、大広間に立っていた。前王が突然の病で死んだのは、八日前のこと。明日はいよいよ、第一王子ユーリの戴冠式である。
 王になってしまえば、もう兄弟だけで集まることなどできなくなってしまう。そうなる前に、話したいことがある。そんなことを第三王子のキースが言ったのは、つい昨日のこと。ユーリの命令で、大広間やその周りには誰もいない。一二時の鐘が鳴るまでは、誰もここへは来ないことになっている。短く限られた、貴重な時間。

 最後までここに集まることを反対していた第二王子のディアは、何かを考えるように窓の外を見ていた。第一王女エリシアは、そんなディアを不安げに見上げている。
 それで、話って――。切り出したユーリの言葉は、最後まで続かなかった。いつの間にか、目の前にいたはずのキースがいない。どこだ?背中が熱い。何故?
 次の瞬間、ユーリはそれがとてつもない痛みだということを認識した。ユーリの後ろには、いつの間にかキースが、ユーリの剣を持って立っていた。握る剣の先は、赤い。
 その場にいたキース以外の誰もが、一瞬何が起こったのか理解できなかった。数秒遅れて、エリシアの悲鳴。ディアが剣を構えて、キースに斬りかかる。しかし、遅い。抜いた剣でユーリの右手を刎ねながら、茫然とするユーリを蹴り飛ばし、キースはディアの剣を受けた。高い音を立てて砕ける、ディアの剣。争いごとを嫌うディアと、自ら戦線に赴き剣を振ることを好むキース。経験の差もあったが、何より勝敗を分けたのは武器の差だった。王国最強と謳われたユーリの剣は、並の剣では傷一つつけることはできない。
 懐から何かを、おそらく代わりの武器をとりだそうとしたのであろうディアの右手が手首のところで切り離され、宙を舞った。一緒に斬り裂かれた胴から、おびただしい量の血が噴きあがる。倒れるディアの方を見向きもせずに、キースは茫然と膝をついて自分を見つめるユーリに近づいた。そしてまるでそれが当たり前の作業とばかりに、剣を振り下ろす。金色の髪を散らして、ユーリの首がとんだ。一瞬で終わった惨劇。一瞬で散った、二つの命。
 すべてを何もできずに見つめていたエリシアの口から、すべてを諦めたような絶望の息が、細く長く吐き出された。

 鐘はまだ、鳴ってくれない。



「もう、私たちだけですね」

 透き通るような彼女の声は、大理石で作られたこの大広間に、意外なほどよく響いた。ほかに物音がしないからだろうか?

「最終的には君だけになるよ。そういう運命だ」

 剣にまとわりついた血を振り払い、僕は言った。飛び散ったそれは、鮮やかな緋色の絨毯に、いくつかの赤黒いシミを付ける。それも気にならないほど、絨毯はすでに汚れきっていたが。
 僕の足元に転がった物体から流れ出る、振り払ったそれと同じ色が、ジワジワと絨毯を浸蝕し始めていた。元は二人の人間だった、しかし今は、大きな二つと小さな二つに分かれた、ただの物体。それらは似たような顔立ちをしていたが、どちらも絶望に顔をゆがめたまま、すでに冷たくなっていた。
 後悔はない。これが、この国の法なのだから。前王亡き今、後継ぎは一人でなくてはならない。僕にできることは、より王にふさわしいその一人を、王の座へと導くことだけ。

「君はこの国の王になるんだ。そのためなら、僕は自分の命だって捨てるよ」

 嗚呼、なんて悲しい運命だろう。僕が生きている限り、彼女が王になることはできないのだ。こんなにも美しく、こんなにも完璧なのに。この世のすべてを合わせたよりもすばらしい存在が、一国の王にすらなれないなんて、なんとこの世は不条理なのだろう。その不条理を僕の命ひとつで正せるというのなら、僕は喜んで、この命を捨てる。大好きな妹のために。
 彼女は僕の方を見て、悲しげに微笑んだ。月のように淡い金色の髪がその表情を際立たせ、まるで女神のように美しい。けれど彼女がどんなに悲しんでも、二人が生き残ることはできないのだ。

「お兄様は、王になりたくないのですか?」

 彼女の声は静かで、その瞳の色と同じ、深い海を連想させる。とても耳に心地よい音なのだが、その問いの答えはわかりきったものだった。もちろん僕だって、死にたくはない。王となり、このままずっと彼女と共に生きることができたのならば、どれほど素晴らしいだろう。しかしそれでは駄目なのだ。王となるべきは、彼女なのだから。

「王は君だ。皆、それを望んでいる」

 僕の決意を後押しするかのように、一二時を知らせる鐘が、高らかに鳴った。

 誰に対しても優しく、誰にでも好かれている、僕の可愛い妹。本当はずっとそばにいたいけれど、もうすぐお別れだ。遠くで鳴り始めたあの鐘が一二回目を刻み終わる前に、すべては終わっていなくてはならないのだから。鐘はゆっくりと、しかし途切れることなく、その音を響かせ続けている。

「さよなら、可愛い僕のエリシア」

「さようなら、いとしい私のキースお兄様」

 彼女は美しく、そして賢い。僕との別れを悲しんではいたが、ちゃんと僕の思いを受け取ってくれた。あとは僕が、自らその命を終わらせればいいだけ。
 握った剣の柄に近い部分をゆっくりと、僕は僕自身の首へと押し当てた。少し力を込めてこの手を引くだけで、すべては終わるだろう。彼女と共にいられる時も、もう後僅か。
 終わりを告げる鐘が、六回目の音を響かせる。七回目、八回、九――



 「もう、私たちだけですね」

 少し掠れた私の声は、大理石で作られたこの大広間に、意外なほどよく響いた。もう、二人だけしかいないからだろう。
 切り裂かれた無残な躯が二人分、目の前に転がっていた。数時間前、大丈夫だよと笑いかけてくれたユーリ兄様も、無口だけれどいつも私を心配してくれたディア兄様も、もういない。 
 兄様たちを殺した男は、今も目の前にいた。優しげな笑みを浮かべ、しかし冷たい青い瞳で、私を見つめている。いつもの視線。いつもと同じく、私はそこに映っていない。その瞳に、後悔はなかった。

「君はこの国の王になるんだ。そのためなら、僕は自分の命だって捨てるよ」

 彼はこともなげに、恐ろしい言葉を私に投げかける。嗚呼、なんて悲しい現実だろう。彼は私を王にしたくて、自らの兄弟を殺したのだ。私が、兄弟の中で一番歳が下だったから。私が王になるには、兄様たちが邪魔だったから。
 もうすぐ鳴り始めるであろう一二時の鐘が鳴り終わる頃、大臣たちが戻ってくるだろう。けれどもう、兄様たちはいない。この国では、王の血を引く人間しか、その地位を受け継げないと決められている。私だけが生き残れば、私は確実に新しい王に選ばれるのだ。なんて確実な、なんて単純な、そしてなんて、くだらない計画。

「お兄様は、王になりたくないのですか?」
作品名:Cross emotion 作家名:鈴狼