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セオリー通りに物語

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「お前は今日から、オレ様のものだ!」

 オレ様の宣言に、目の前のガキはキョトンと、琥珀色のデカい目を丸くした。状況が理解出来ないのも、まぁ仕方がない。なんたってこいつはついさっきまで、平和で何不自由ない城の中にいたんだから。それをこの最強最悪、天才にして偉大なる悪の魔法使いであるこのオレ様が鮮やかに現れ、騒ぐ王や家臣共を気にもせず、風のように颯爽と攫ってきたってわけだ。
 理由? オレ様が、偉大なる悪の魔法使いだから。

 偉大なる悪の魔法使いってのは、美しい王女を攫うもんだろ? 丸くてデカい金の目、それと同じ色の少し癖のある長い金髪の上にちょこんと乗った、華奢な王冠。着ている白いドレスがもうちっとばかし豪華なら、こいつはまさに絵に描いたようなお姫様ってやつだ。世界中探したって、今時これほどお姫様らしいお姫様ってのもいやしないだろう。
 誤解のないように言っておくが、別に惚れたってわけじゃない。あくまで悪の魔法使いとして、だ。コイツはどう見てもガキだし、噂に聞いた話でも、確かまだ十四くらいだったはずだ。王妃を早くに亡くした国王が溺愛する、最愛の一人娘。あのヒゲのじいさんからこんなのができるんだから、人間ってのは偉大なもんだな。

「……ねぇ」

 しみじみと人間の神秘について感動していたオレ様に、突然王女が声をかけてきた。城から此処に攫ってくるまで一言も口を聞かなかったんだが、どうやら声は出せるらしい。

「なんだ」

「あなた、だれ?」

「オレ様はクラバリウス・エル・ソルコバール五世。お前をこのソルコバール城に攫ってきた、偉大なる悪の魔法使い様だ!」

「……クラバ?」

「略すな」

 純粋無垢といった王女の視線に、オレ様のテンションは一気に下がった。いきなり名前を略されたのもムカついたが、この反応は何だ? 攫われた王女ってのはもっとこう、普通ピーピー泣いたりヒステリックに喚いたりするもんだろ。なのにコイツときたら、全然怖がってる様子がない。理解できない事態に呆然としてるんだと思っていたが、どうやら違うらしい。ひょっとして話しかけるタイミングが掴めなかっただけか?
 とにかくその反応に、オレ様はカチンときた。王女なら、もっと王女らしい反応をしてもらわないと困る。泣き叫ばない王女なんて、攫ってもなんの面白味もないし、存在価値もない。
 オレ様は見下すように、というか実際見下して王女を睨んだ。こいつの背丈は、オレ様の肩よりも更に若干下くらいまでしかないからな。

「お前な、あんまりオレ様を嘗めるなよ? オレ様はいくつもの街を支配下に置き、何人もの勇者を倒し、何匹もの魔物を飼い慣らしてきたんだ。その気になれば、お前ごときいつだって――」

「……クラバおじさま」

「誰がおぢさまだガキィ!」

 本人なりに敬意を表してみたらしき、だが実際どう考えてもオレ様の神経を逆なでするために言ったとしか思えない言葉に、ついにオレ様はキレた。
 確かに、魔法使いってのはおっさんやじいさんが多い。が、オレ様は断じてそんな年寄りではない。実際年齢はもちろんそれなりだが、黒い髪は艶も量も充分だし、肌だって、これ以上ないってくらい健康的な焼き色だ。悪の魔法使いらしくないって、死んだじいさんにはよく言われたけどな。その分やってることは、十分悪に徹してるつもりだ。第一、色白しわくちゃのじいさんなんて今時流行んねーんだよ。
 その点、オレ様は南国の王子と間違えられるくらいの美形だ。大抵の女を魔法なしで虜にする自信くらいはある。じいさんと美形の王子。同じ悪ならどっちがいいかなんて、言うまでもないだろ。

 多少話は脱線してしまったが、まぁつまるところオレ様が言いたいのは、ガキンチョにおじさま呼ばわりされる覚えはミリ単位もないってことだ。その目はデカいだけの節穴か?

「とにかく! お前は今日からオレ様のものなんだ。城に帰れると思うなよ!」

 恐怖を煽るために高笑いを交えて言ってみたんだが、王女は反応らしい反応も示さなかった。まぁいい。そのうちその無表情、恐怖におののき泣き叫ぶ顔に変えてやる!
 偉大なる悪の魔法使いの名において、オレ様の新しい目標が決定した。

 それからのオレ様の努力は、まさに筆舌尽くしがたきってやつだ。王女を城で一番高い塔に幽閉したり、目の前で火炎呪文発動させて山にクレーター開けてやったり、曰く付きの森に丸一日放置してみたり、とにかくいろいろやった。王女の反応も上々だ。泣くことこそなかったが、怯えたり押し黙ったり、最近ではやっと、オレ様に生意気な口も利かなくなってきた。目標を達成するっていうのは大事な事だからな。断じて暇だったわけじゃない。

 どうしてそうまでして王女を怖がらせるのか? もちろん初めにムカついたのもあるが、何より、王女が魔法使いを怖がらないなんて、物語らしくないからだ。
 オレ様は、昔ながらのありきたりな物語が好きだった。攫われた王女、聖剣に選ばれた勇者、そして、世界を恐怖に陥れる悪役。誰だって、そんな奴らが出てくる物語は好きだろ?
 ところが、物語は好きだがオレ様は別段、自分が勇者になりたいとは思わなかった。自慢じゃないが、正義感なんてものは今まで感じたこともないしな。そしてオレ様は幸運にも、悪の魔法使いを名乗る一族の末裔に生まれた。とくれば、やることは決まってる。

 そして『偉大なる悪の魔法使い』を名乗るからには、ある程度周りに恐れられたりしないと、悪っていう最重要部分が抜けちまう。今は昔ほど絶対悪って感じじゃなくなってきたんだが、その辺は時代の流れだな。悪の魔法使いとしての体裁が整っていれば、おおまか問題はない。勇者は魔物を刈るのが仕事だし、悪の魔法使いは悪事が仕事。世界を変わりなく動かすためには、こういう役割分担が必要不可欠だ……っとまぁこれは、オレ様のじいさんが言ってたことで、オレ様の場合は、完全な趣味だが。王女を攫うなんて最高にスリリングだし、どうせなら、怖がらせたほうがおもしろいだろ? 泣き叫ぶ王女を必死に助け出そうとする勇者、それを軽くあしらう悪の魔法使いイコールオレ様。
 セオリー通りに物語を進めるなら最後は倒される運命だが、それはしかたがない。まだやり足りなかったら、死んだフリでもして逃げればいいだけだ。表舞台から退けば、少なくとも物語上、悪の魔法使いは死んだということになる。かくいうオレ様のじいさんもそうやって引退し、後継者であるオレ様をこの人里離れた古城で育てた。

 要するに勇者に倒される時ってのが、悪を引退する時期ってわけだ。オレ様の若さを考えれば引退には若干早すぎる気がしないでもないが、すでにオレ様の力は超一流。オレ様を倒せる奴がいるなら、今が潮時だろう。このまま偉大なる悪の魔法使いを続けて、オレ様を倒せる奴が現れなくなるってもの考えものだしな。



「よぅ王女様。いい加減此処にも慣れたか?」

「……」

「…………暗ぇ奴」
作品名:セオリー通りに物語 作家名:鈴狼