i feel the gravity of it all
爆薬の臭い、人の叫ぶ声、機関銃の光、そんなのばっかりだった。
東西南の戦争が、生んだものなんてああるものか。奪ってばかりだ、生きる意志も、平和も、笑い声も、父の命も、母の命も。
俺は東の遊牧民の出身だ。遊牧民が、なぜ単一民族国家であるはずの西の公国にいたかは、紛争の絶えない東の連邦から逃げてきたのだと父は言った。土地が乏しい西の国で放牧は出来ないし、東からの移民だということは隠さなければならない。だから俺の家は、育てていたロバや、羊を売って、ユルトの代わりに、粗末なアパートでの生活を余儀なくされた。西の紛争は、止まる気配を見せない。平穏な日々を生きるために、俺たちは自らの矜持を捨てたのだった。
それなのにどうだ。結局俺の家族はみんな死んだじゃないか。
秋も暮れる頃、俺たちが住んでいた工場地帯は傭兵集団の襲撃を受けた。目標は、ここで秘密裏に生産されている武器の数々だった。貧しく、移民ということを隠してでも働けるような最下層の工場では、そういうものを作って売らないと、生活が成り立たないのである。
吐いた息の白くなる季節だった。
ライフルや、その弾丸、火薬の類が大方持ち出されたあと、工場群には火が放たれた。制圧された工場の大人たちは、工場の中に拘束されたままである。ごうごうと燃える工場、かすかに聞こえる人々の悲鳴、オレンジ色の光。
別区画にある学校から帰ってきた俺は、その様子を見て愕然とした。
なにが起こったのかわからずに、なにをしたらいいかわからずに、その場に膝をついた。
ぱちぱち、と火の粉が舞っているのが見えた。
「ここのガキか」
燃え盛る工場群のせいで、息の白くなる季節だというのに暑い。それに反し、男の声は冷え切っていてそのまま凍りそうなくらいだった。
反射的に声のした方を向いてしまう。
そこには、銃剣をだらしなく引っさげた男がいた。銃剣の刃は血のりで黒くにごっている。濃紺の髪をてきとうに後ろに流した優男だ。
暗く、鋭い目つきで、俺をにらみつける。だが、銃剣を構えるそぶりは少しも見せなかった。
背中に汗を掻いている。暑いからではない。恐怖を感じているからだ。
工場の奥から、「そっちに何かあるのか?」とひどい東訛りで呼びかける声が聞こえた。この男に、仲間が言ったのであろう。
「軍の装甲車が2㎞先にいる。反対側から出るぞ」
男は視線をそちらに向け、冷えた声でそう言った。それから俺には一瞥もくれず、そのまま歩いて燃え盛る工場群の奥に消えていく。
俺はたすかったのだった。
東西南の戦争が、生んだものなんてああるものか。奪ってばかりだ、生きる意志も、平和も、笑い声も、父の命も、母の命も。
俺は東の遊牧民の出身だ。遊牧民が、なぜ単一民族国家であるはずの西の公国にいたかは、紛争の絶えない東の連邦から逃げてきたのだと父は言った。土地が乏しい西の国で放牧は出来ないし、東からの移民だということは隠さなければならない。だから俺の家は、育てていたロバや、羊を売って、ユルトの代わりに、粗末なアパートでの生活を余儀なくされた。西の紛争は、止まる気配を見せない。平穏な日々を生きるために、俺たちは自らの矜持を捨てたのだった。
それなのにどうだ。結局俺の家族はみんな死んだじゃないか。
秋も暮れる頃、俺たちが住んでいた工場地帯は傭兵集団の襲撃を受けた。目標は、ここで秘密裏に生産されている武器の数々だった。貧しく、移民ということを隠してでも働けるような最下層の工場では、そういうものを作って売らないと、生活が成り立たないのである。
吐いた息の白くなる季節だった。
ライフルや、その弾丸、火薬の類が大方持ち出されたあと、工場群には火が放たれた。制圧された工場の大人たちは、工場の中に拘束されたままである。ごうごうと燃える工場、かすかに聞こえる人々の悲鳴、オレンジ色の光。
別区画にある学校から帰ってきた俺は、その様子を見て愕然とした。
なにが起こったのかわからずに、なにをしたらいいかわからずに、その場に膝をついた。
ぱちぱち、と火の粉が舞っているのが見えた。
「ここのガキか」
燃え盛る工場群のせいで、息の白くなる季節だというのに暑い。それに反し、男の声は冷え切っていてそのまま凍りそうなくらいだった。
反射的に声のした方を向いてしまう。
そこには、銃剣をだらしなく引っさげた男がいた。銃剣の刃は血のりで黒くにごっている。濃紺の髪をてきとうに後ろに流した優男だ。
暗く、鋭い目つきで、俺をにらみつける。だが、銃剣を構えるそぶりは少しも見せなかった。
背中に汗を掻いている。暑いからではない。恐怖を感じているからだ。
工場の奥から、「そっちに何かあるのか?」とひどい東訛りで呼びかける声が聞こえた。この男に、仲間が言ったのであろう。
「軍の装甲車が2㎞先にいる。反対側から出るぞ」
男は視線をそちらに向け、冷えた声でそう言った。それから俺には一瞥もくれず、そのまま歩いて燃え盛る工場群の奥に消えていく。
俺はたすかったのだった。
作品名:i feel the gravity of it all 作家名:塩出 快