マジェスティック・ガール.#1(9~14節まで)
14.
その後、ミミリ達はせっかく水着に着替えてプールに来たのだからと
小一時間ほど、遊泳や水遊びを楽しんだ。
プランタリアの制服に着替え、ユリウスの邸宅を後にした一行は、
市街地を通りぬけ行政区であるプランタリア首都、第十都市<マルクト>
へと通じる無重力移動回廊の一画へとやってきた。
コロニーの擬似環境は、今この時期――六月の始めは初夏の
気候になっている。
夏季中、女子制服の上着はノースリーブシャツに変更される。
腕の素肌に当たるそよ風が心地いい季節だ。シャツの襟元には必ず、
丈の短い赤いネクタイを付けることが義務づけられる。
ネクタイ自体が、GPS機能を兼ねた発信機になっているのだ。
有事の際にこれが役立つ。
腰に履いた群青色のプリーツスカートは、刺繍の柄が入った腰巻で
しっかりと止められている。加えて、スカートの下にスパッツを履こうが、
パンツを履こうがそれは個人の自由。
靴下など足に履く物も同じくだ。ニーソックスでも素足でも全く構わない。
ちなみに、ヒューケインは制服ではなく、自前の黒いレザーパンツに
白い無地のシャツといったラフな格好をしていた。
「制服は縛られている感じがしてあまり好きではない」との事だった。
プランタリアはツリー状の階層構造になっており、
中心に添えられた半径七十五Km、全長百五十Kmの
グランドシャフトを支点にして総面積十五kmからなる開閉式の
ドーム型コロニー都市が、木枝に実ったリンゴの房のように上から
下へとぶら下がっている。
そのコロニーの総数たるや、累計十一に及ぶ。
そのコロニーどうしも、それぞれ上下に伸びた無重力移動回廊で
結ばれている。
移動回廊はトンネル状になっており、半径五百mからなる円筒の
上半分180度をアモルファス型軟性強化樹脂で形成されたクリア板の
天蓋窓が覆っている。
そこからは、数多の星々と、太陽光発電施設である巨大なリング状構造物に
囲われたアルマーク太陽系本星<エイス・イルシャローム>の姿を一望できる。
<エイス・イルシャローム>のラグランジュ点に位置する
プランタリアは、その衛星軌道上を周回しており、一日に
三回本星と急接近する時間がある。
その時間の前後は、物資の搬出で宇宙港が特に
一層の賑わいを見せることで知られている。
プランタリアに入学してから、ミミリは叔父の邸宅が
ある高級住宅街都市、上層の第一都市<ケテル>と、
マジェスター教育士官学校プランタリア学園がある
中層に位置する第九都市<ィエソド>。
それ以外の他のコロニー都市には行ったことがなかった。
<エイス・イルシャローム>の片田舎の都市、バーベナで育った
ミミリにとって、ここの街並みはメガロポリスのそれで、
目新しい刺激で満ち溢れていた。
「あちこち見てると、『お登りさん』だって思われるわよ。ほらこれ」
ツツジがポシェットからなにやら取り出し、ミミリに手渡した。
それは、コンタクトのような物だった。
「なんですか、これ」
「AR情報視覚化ツールよ。コンタクトのように目に嵌めて使うの。
まぁ、”嵌める”というより、”貼る”と言うほうが正しいけど。
使ったことある?やりかた、説明しようか」
神の世紀(西暦時代)の末期に実用化されたと
言われるAR(拡張現実)技術。
ディスプレイに映った風景や物体のバーチャル情報を合成表示する
という概念技術体系。
登場から幾千年過ぎた現在まで、所々でビルドアップが
繰り返されてきたという。
今もなお形骸化せず残っているということは、人々の生活に近しく
根付いた証明だと言えよう。
車両や機械、アイテム、グッズ。街のあらゆる所には情報送信用の
マイクロサイズARチップが埋めこまれている。その情報を受信して
視覚化するコンタクトツールを目に貼ることで、
インフォメーション情報を得ることが出来るという仕組みだった。
「いえ、大丈夫です。あ…あれ、うまく行かないなぁ……あいたッ」
「ほら、言わんこっちゃない。かして、やってあげる。動かないでね」
そう言ってツツジは、優しくミミリの眼瞼を指で開いてやりツールを貼りつけた。
「これでよし、一回眼を閉じてから、ゆっくり目を開いて。そしたら瞬き」
視覚化ツールを眼球に”なじませる”ための行為だと分かった。
言われたとおりミミリは一度眼瞼を閉じてから目を開いた。
「お。…おぉー」
瞬きをし、眼瞼を開くと、”世界が広がった”。
色とりどりのインフォメーションウィンドウがそこかしこに表示され、
行き交う車両の形式や走行速度はおろか。
行き交う人々の持ち物やアクセサリー。
携帯端末。幼い子供が腕に抱えたぬいぐるみの種類や名前まで。
溢れんばかりの情報の海が、見渡す限りを覆い尽くしていた。
まるで、電子の世界に迷い込んだような気分だった。
移動回廊を渡った先で、死角になった曲がり角の先から車が
来ることが分かった。
目に映るAR情報が、予め接近を警告して報せてくれたおかげだった。
おまけに思考一つで、情報表示のスクリーニング(取捨選択)まで出来る
という至れり尽くせりっぷり。
「ね、便利でしょ」
「はい、すごいです」
ミミリは嬉々として応えた。
「所で、これからどこへ行くんですか」
行政区に来てからミミリが疑問に感じていたことだった。
「おや、聞いていなかったのか。都庁舎ビル<アグリカルチュア>だ」と、
凛が応えた。
「ところで、<冶月フィラ>(ヤツキ フィラ)は知っているかな?」
「はい。科学者であり実業家。千を超えるコングロマリットを
その傘下に置く、フィーフィラック財団の総帥ですよね。
神の世紀の末期に生まれた、最大の女傑。
重力子空間圧縮ワープ機関<MSSM>の完成理論を構築し、
世界初のワープゲートを開発した重力子ワープ発明の母。
ワープゲート公団の長につき、それで一山当てた彼女は宇宙開発に
おける流通システムを寡占し、数多の企業を併呑。
経済の一部を司る<女帝>になった。
それ以降、祖国はおろか当時の地球主要各国政府に強い政治的影響力を
持つ立場になったとか。現在までの科学技術の基礎理論は、
彼女が築いたとも聞いています」
ミミリは頭に入っている知識を論論と語った。
「その通り、さすがに博識だな。解説どうもありがとう。
そして、今から会いに行くんだ、その偉大な”彼女”にな」
聞いて目を白黒させるミミリ。
「え?あのちょっと待ってください。
そしたらその方は、今何歳なんですか」
神の世紀などというのは、もう五千年以上も昔のことだ。
その時代に生まれた人間が未だに現存しているなどとは、
なにをかいわんやである。
「そういう疑問を感じるのは実に正しい。
もっともな反応(リアクション)だ。
ただしくは、その”代理”、だがな。
『サンフラワー』が君に話があるそうだ」
* * *
プランタリアの行政を司る中枢。
都庁を兼ねた高層ビル――通称<アグリカルチュア>。
草花の名を持つマジェスターを作物になぞらえて、
彼らを育成する学園都市プランタリア(植バチ)を管理運営する
作品名:マジェスティック・ガール.#1(9~14節まで) 作家名:ミムロ コトナリ