マジェスティック・ガール.#1(1~5節まで)
3.
「結婚記念日、おめでとうございます。お父様、お母様。
今日の日を祝って、
お二人の肖像画を描いたんです。贈り物にしては粗末かと思いますが。
どうか、受け取ってください」
父ジュリアス・ダンデライオンは、その絵をしげしげと
眺めてから感想を漏らした。
「いいや、そんなことはないよ。贈るという気持ち、
それが一番大事なのだから。品がなんであるかは二の次以上だ。
いやぁ、でもこれはすごい。古今の画家にも負けず劣らずの傑作だよ。
ミミリはお母さんの才能を受け継いだのかも知れないねぇ。
ありがとう大事にするよ」
ミミリが描き上げた油絵は、それは見事な出来栄えだった。
椅子に座り、微笑む母フィオネリア。その隣には威厳に満ちた、
父ジュリアスの立ち姿。
まだ九歳の子供が描いたとは思えないほど、精緻な筆遣いで描かれた絵画だった。
「えへへ、喜んでもらえてうれしいです。お父様」
母フィオネリアが腰を曲げて、ミミリの頭を優しく撫でた。
柔らかな手の感触に、ミミリは幸せそうに目を細めた。
「ありがとう、ミミリ。大切にするわ。あとで額縁に入れて、
居間に飾っておきますね」
「はい、お母様」
マジェスターは<M研>の生育施設にて出生後、
GUC(銀河団星間連邦)政府が公募した身元引受人。
つまりは里親の元で13年間過ごす。
マジェスターの里親は、その個体が持つ性格と長所を伸ばすのに適している
であろう人格と環境を持つ人物が優先的に指名される。
その選定基準で言えば、ミミリは人間的素養に恵まれた、町の名士である
ダンデライオン夫妻の元に預けられた。
ダンデライオン家で過ごした日々は、彼女の生涯の中で、
最も優しく幸せな時間だった。
両親の結婚記念日の翌日。
「ねぇ、ミミリはさ。どんなマジェスターになりたいの?」
幼なじみのツツジ・C(カラー)・ロードデンドロンが尋ねてきた。
学校の帰り道。
二人は、公園の縁沿いに設置されたベンチの上に腰掛け、買い食いした
ミルキーウェイキャンディーをほおばりながら雑談に興じていた。
ツツジの両親曰く、彼女はミミリと同じXY型遺伝子を持つ
同位体の双子なのだという。
ミミリにとってツツジは、遺伝子上においても人間関係においても、
近しく親しい仲だった。
春風が通り抜けた。
ツツジの、毛先にジャギーが掛かった
瑠璃色のセミショートヘアが風になびいた。
ミミリはそれを横目に見て、質問の内容に戸惑いつつ口を開いた。
「え、『どんな』って。んー、考えた事なかったなぁー」
今の日々が永遠に続くと思っている九歳の少女ミミリにとって、
それは意外なことだった。
父がいて、母がいて、ツツジがいて。
そんな、当たり前の日々がいつまでも続いていくものだと思っていたからだ。
「アンタバカねぇ、将来設計は大事よー。今から考えておかなきゃ。
普通の人間に比べて、マジェスターの寿命は三十年あるかないかなんだからさー。
今の内に自由を謳歌するのもいいけど、将来を有意義に過ごすための計画を
今から建てておかなきゃ。じゃないと、この先後悔するわよ」
「ふーん。でもマジェスターとして皆を護るために戦う。
そういう使命をはたすのって、素敵でカッコイイじゃないですか」
それを聞いてツツジは片眉を釣り上げ、顔をしかめた。
「気楽でいいわね、アンタは。十三になる年の初めには
プランタリアへ入学して、本格的にマジェスターとして訓練と勉強の
日々に追われることになるのよ。卒業したら、今度は軍隊に編入されて
死ぬまでアクトゥスゥと戦う日々。人類を守る<偉大な超人>なんて
大袈裟な扱いされてるけど、その人生なんて意外と地味なものよ」
「ええ!?そうなんですか」
「そうなのよー」
驚きの声を上げるミミリとは対照的に、ツツジは気だるそうに醒めた
テンションでぼやいた。
「うーん、いやそこじゃなくって。私たちまだ子供なのに、
そういう将来の事って、まだ考えるの先でいいんじゃないかなぁって思ってたの。
ツツジはすごいね。大人だねぇ。関心するよぉー」
ミミリとしては、まだ九歳だと言うのに、同い年のツツジがそんな
しっかりした考え方を持っていることが驚きだった。良い意味でショックだった。
「ったく、あったりまえよー。アンタがのんびりし過ぎてんのよ」
「え…えへへ。そ…そうかなぁ」
ふと風を感じて、ミミリは空を仰ぎ見た。
いつもと違う大気の流動を感じた。大気を操る能力に長けた
フリージア属だからこそわかる、些細な空気の変化。
普通の人間ではまず気がつかない程の。
「さて、道草してるのバレたら、母さんに大目玉だわ。
帰りましょ、ミミリ。ミミリ…?」
「ねぇ、ツツジ。あれ、なんだろう」
彼方の空で、二つの流星が地上に落着しようとする瞬間を二人は見た。
赤い流星と白い流星。二つの流れ星は、螺旋を描くようにして
遠くの大地に落着した。
次の瞬間、轟音が大気を揺らし、巨大な振動が地表を揺り動かした。
続いて、遅れてやってきた凄絶な衝撃波の嵐流が二人を襲った。
路上のタイルがめくれ上がり、ベンチや建造物、車両に人、
あらゆる物がふわりと浮きあがった。
次に、超音速の大気の荒波が、浮き上がった有象無象達を
どっと根こそぎさらい、紙切れのように吹き飛ばした。
肌に風を感じた。
木や鉄が焦げつく臭いが鼻孔をついた。
体も、空気も熱い。
――目が覚めた。
気絶していたのだろうか。
ミミリは、額に生温かいものを感じた。
手を当てると、額が割れて頭から血が滴っているのが判った。
服も所々破れていて、体中も擦り傷だらけだ。
全身が軋むように痛い。
それでも身体機能と生命維持に支障を来すような
大怪我は負っていないようだった。
さすがは、マジェスターの体だ。あの壮絶な衝撃波を浴びて、
地面に叩きつけられた
にも関わらず損傷は思ったよりも軽い。
幼いながら、その剛性と柔軟さには我ながら驚嘆する。
辺りを見渡した。
まるで、地獄絵図だった。普段見知った帰り道がまるで見知らぬ
場所に変わり果てていた。
山脈を望む湖畔沿いの、レンガ造りのタイルが整然と敷き詰められた道路。
その路面には等間隔で木造りのベンチが備えられている。
ベンチの向こう側には、広大な芝生が広がっていた。
そこは自然公園で、春を体現したかのように青々しい葉をつけた木々と、
色とりどりの花々が咲き乱れている街の憩いの場だった。
下校時間の三時過ぎには、この界隈は人通りがぐっと多くなる。
散歩や犬を連れて歩く人。ベンチに腰掛け読書に興じる人。マラソンコースで
ジョギングに精を出す人。色んな人が、思い思いの時間を過ごしていた。
そうした活力と平穏に満ちた場所が、見るも無惨に瓦礫と
有象無象が散乱して転がる廃墟と化していた。
まるで戦争の跡地のようだった。
レンガの道路は波打ったようにめくれ上がり、
所々砂と泥がほじくり返された跡が見える。
ベンチは、芝生の向こうへと追いやられ、無惨にひしゃげ、
地面に突き刺さっていた。
折れた木々や倒壊した建造物の下敷きになった人もいるようで、
あちこちから痛みに喘ぐうめき声が聞こえた。
作品名:マジェスティック・ガール.#1(1~5節まで) 作家名:ミムロ コトナリ