僕の家族
業者の人が僕をリビングの中央に運び込む。
憲明さんと妻の翼さんは仲良く寄り添いながらそんな僕を見つめていた。
なんだかその視線がくすぐったかった。
今日はとてもおめでたい日だ。
翼さんが赤ちゃんを産んだのだ。
男の子と女の子が一人ずつ。
翼さんは僕の上に座って二人をあやしている。
二人の名前は伸治君と由美ちゃん。
「眠れ、眠れ私のかわいい子供たち」
子守唄を聞いているとこっちまで眠くなってくる。
今日、伸治君と由美ちゃんは五歳の誕生日を迎えた。
おめでとう二人とも。
あの頃とは比べ物にならないほど大きくなったね。
「あー、お兄ちゃんそれあたしの!」
「いいじゃん、一個くらい!」
「ママー!お兄ちゃんがあたしのキャンディー食べちゃった」
「キャンディーならまだたくさんあるじゃないか!一つくらい食べたっていいじゃん。そうだよねママ?」
二人のケンカがとても微笑ましかった。
翼さんは呆れた表情で二人に注意する。
「もう、キャンディーくらいでケンカしないの」
今日、伸治君と由美ちゃんは小学校に入学した。
ピカピカのランドセルがとても似合ってる。
「行ってきまーす!」
二人はそろって家を出る。
行ってらっしゃい。
僕は翼さんと一緒に二人の背中を見送った。
今日は小学校の卒業式。
とっても大事な日だ。
翼さんは今日はごちそうを作るって張り切ってるし憲明さんも今日は早めに仕事を切り上げるって言ってる。
どたどたと足音がして伸治君が二階から降りてくる。
「母さん、俺のブラシは」
「知らないわよ。洗面所じゃないの?」
「あっ、そう」
伸治君は急ぎ足で洗面所に向かった。
そしてしばらくしてカッコいいブラシを手に二階に上って行った。
伸治君と入れ替わりになるようにして今度は由美ちゃんが降りてくる。
「ママ、あたしのお気に入りのシュシュは?」
「知らないわよ。洗面所じゃないの?昨日お風呂に入る時外したじゃない」
「あっ、そう」
伸治君と同じような口調で言うと久美ちゃんも洗面所へ向かい、やがてシュシュを手に二階へ上がっていった。
僕は改めて双子なんだな、と感じた。
しばらくして二人が降りてくる。
二人とも立派な制服に身を包んでいる。
「あら、二人とも似合ってるじゃないの」
翼さんが目を輝かせて二人の晴れ姿を見つめる。
「ありがとう!」
二人も褒められてうれしそうだ。
僕も立派だね!って言ってあげたいけど喋れないから言葉が伝わらない。
それがもどかしかった。
僕がこの家に来てどれほどの月日が流れただろう。
気付けば二人は高校生だ。
伸治君と由美ちゃんは別々の高校に通ってるけど、二人ともうまくいってる様で本当に良かった。
「ただいま」
「おじゃましまーす」
これは伸治君とそのお友達の声。
いつものように友達は直接家に遊びに来たみたいだ。
「よいしょっと」
二人は僕の上に腰かける。
「しかしそれにしてもさあ」
友達が僕を舐めるように見回す。
それはあまり気持ち良い物ではなかった。
「このソファー古くね?」
友達の一言が胸に刺さる。
「ああ、もうずいぶん昔のだからな。俺もそろそろ買い換えたいんだけどあのババアがまだ使えるってうるさくてよ」
そうなのだ、伸治君はもう随分前から新しいソファーを買いたがっている。
それもそうだよね、こんな古いソファーじゃ嫌だよね……。
早く新しいソファを買いたい、それは久美ちゃんも同じようだった。
あれは三日ほど前の事―。
久美ちゃんはカッコいい男の人を連れて家に帰って来た。
そう言えば、この前彼氏が出来たって言ってたっけ。
おめでとう由美ちゃん。
そんな事を思っていると由美ちゃんは僕を鋭い視線で睨んできた。
由美ちゃん、どうして僕をそんな目で見るの?
「ママァ、いつまでこの汚ったないソファー使うつもりなの?早く買い換えてって言ってあるでしょ」
久美ちゃんの言葉が僕の胸を抉る。
「汚いってことはないでしょ。まだ使えるし」
こんな僕でも必要としてくれるのは翼さんと憲明さんだけ。
翼さんのその言葉は僕を勇気づけてくれた。
そうだよ、僕はまだ使えるんだ。
「はぁ?意味分かんね。行こ行こ」
そう言うと由美ちゃんは彼氏と一緒に二階に上がって行ってしまった。
翼さんがため息をつく。
「そろそろ買い替え時かしらねぇ……」
翼さんが僕を寂しそうな目で見つめる。
どうして翼さんまでそんなこと言うの……?僕はまだ使えるよ。
今日家族みんなそろってどこかへ出かけた。
みんなが離れて行っちゃいそうで寂しい。
みんな行かないで―。
しばらくして帰って来たみんなの顔はとっても嬉しそうだった。
「しかし最近の家具ってのはいろんな物があるんだな」
憲明さんの言葉でみんながどこに行って来たのか分かった。
そんな―でもまだそうと決まったわけじゃない。
「やっとあの古いソファーを捨てられるのね。最高だわ」
「だな、俺もうんざりしてたし」
伸治君と久美ちゃんの会話で僕のわずかな希望も砕ける。
「母さんも早く捨てる決意しちゃえば良かったのに」
僕は翼さんの次の言葉を待つ。
翼さんだけは僕の味方なんだ―。
「そうね、私どうかしてたみたい。案外ソファーって安いし。使い続けてたのがバカみたいだわ」
そんな―翼さんまで……。
それから数日。
業者さんが僕を引き取りに来た。
「このソファーで良いんですね」
「ええ、そのソファーです」
業者さん達が僕を持ち上げる。
さようならみんな―。
僕はみんなの最後の姿をしっかりと目に焼き付けようと思ったけどもう誰も僕を見てなどいなかった。