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3月10日

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3月10日

 3月8日、真琴は大きなリュックを背負い、まだ肌寒い田舎の駅に立っていた。右手には3歳になったばかりの妹あかり、左手には4歳の弟勇斗の手を引き、9歳になる妹の千尋が真琴の右隣にいた。みなそれぞれ持てる限りの荷物を持っていた。
 駅から田園風景のなかに一本の白い道をながめていた。
真琴「さあ、着いたよ。後もう少しだから頑張れよ」
その声に、弟妹達はうなづき歩き出した。今、真琴達は東京の家から北関東の田舎町に住む母の友人の家へ疎開しにきたのだ。
 白い一本道をしばらく進むと7~8軒の集落が見えてきた。しかし一行は止まることなく、さらに進む。小川を渡り車が一台通れるくらいの坂道を登ると、門の開かれた大きな家に着いた。
真琴「ごめんください!」
真琴が大声で言った。そしたら
「はーい」
と優しそうもんぺ姿の女性が出てきた。母の友人の薫おばさんだ。
薫「あら、真琴君たちだわ、よく来たね。疲れたでしょう早くお上がり。」
案内されみんな荷物を縁側に置いた。中身は米や芋などの食糧だった。
薫「あらまあ、こんなに頂いていいのかしら」
真琴「僕らも食べるんで」
 茶の間に皆集まった。優作おじさん、薫おばさん、ツルお婆さんに上から柿絵14歳、杏奈12歳、真理恵10歳、この家はおじさん以外みな女性だった。杏奈とはいいなずけである。
 真琴は、姿勢を正した。弟妹達も兄のまねをしてちゃんと座った。
真琴「今日から御世話になります。」
弟妹達も後からつづいていった
「御世話になります。」
おじ「長旅ご苦労様です。この家を自分の家だと思って安心して過ごして下さい」
と言い、真琴が次に言いました。
真琴「俺は、まだ荷物があるので、いったん東京へ帰ります。母が入院している病院へも行かなくてはいけないので、今日すぐに出発します。弟妹達を宜しくお願いします」
言い終わると今度は、弟妹に向かって言った。
真琴「すぐに帰ってくるから、その間千尋が下の子のめんどうをよく見ること、わがまま言っておじさん、おばさん達に迷惑かけないこと、いいね。お手伝いもしっかりするんだよ。じゃあ、俺はこのへんで帰ります。」
おじ「わかりました。気をつけて下さいね」
真琴は何度も頭を下げながら、あんなと目を合わせて帰っていった。
真琴が東京に帰ったのは3月9日の夜明けだった。父は軍に招集され近くの施設で働いていた。この日は夜勤で家には誰もいなかった。真琴はいつ空襲がおきてもいいように靴を脱がず、玄関先で寝ていた。3月9日の朝、警報も無く疲れのせいかぐっすり眠れた。粗末な朝食を取って、身支度をして母が入院している病院へ向かった。真琴は母の着替えを持ってきた。母は、首をこちらに向けるだけで精いっぱいのようだ。
母「真琴、いつもありがとうね。」
小さな声でそう言った。真琴は母の手をそっと握った。少し話をして病室を後にした。
 家に帰ってきたら父が家にいた。
父「下の子達は無事か」
真琴「今のところはね」
そう言いながら、簡単な夕食をとった。父は食べ終わると、また軍の施設へ帰って行った。
 3月10日夜、空襲警報がけたたましく鳴った。なんだかいつもと様子が違った。いつもは、警戒警報が鳴ってから空襲警報に切り替わるが、この夜は始めから空襲警報が鳴ったのだ。真琴は飛び起きて、大事なものが入ったカバンを持ち家の外へでた。B29がいつもより、かなり下の方を飛んでいて爆弾が落とされるのがはっきり見えた。真琴の家の近くにも、焼夷弾が落ちてきた。真琴は防空壕には行かずに走り出した。道は逃げまどう人達でごったがえしていた。火の手があちらこちらからあがり、あたり一面火の海になってきた。真琴は近くの学校に行き、まだ水のはったプールに飛び込んだ。水は胸の辺りまであり隅っこに行き潜っては出る、潜っては出るを繰り返していた木造の校舎が燃えていたので暑さをそうやってしのいでいた。プールには次々と人が入ってきてぎゅうぎゅうずめになってきた。真琴が潜った瞬間プールに爆弾が落ちてきた。真琴が気がつくとプールに水が無くなって大きな穴が出来ていた。大勢の人が跡形も無く吹っ飛んでいた。わずかに生き残った人も大怪我をして穴の中に倒れていた。水に潜っていなければ今ごろ死んでいただろう。真琴は違う場所へ逃げ出した。走りに走り大きな川まで来た。川の橋は人々でぎゅうぎゅうずめで、前へは進めなくて真琴は河へ飛び込んだ。岸まで泳いで、端の下に避難した。河の上空をB29が飛んで爆弾を投下していく。後は運にまかすのみだ。

 そのころおじさんの家では、警戒警報が鳴りみんな飛び起きた。おじさんとおばさんがあかりと勇斗をおぶって、貴重品を柿絵が持ち山頂へ向かった。山頂にはすでに、村の人々が非難していた。誰かが言った。
「東京の空が赤いぞ!」
いつも気丈な、杏奈が膝をつきお守りを持って不安そうに祈っていた。杏奈の親友達が側に寄ってきた。風花とめぐるだ。
「杏奈、大丈夫よ。真琴君なら」
杏奈「ありがとう、大丈夫よ」
そう言い立ち上がり、真っ赤な東京の空に向かって叫んだ。
「真琴、死んだら一生口きいてやんないからね!」
矛盾しているが、こんな言葉しか出てこなかった。
 真琴と杏奈は幼い時からとても仲が良かった。まだ12歳だがお互い、本気で愛していた。この二人の仲をお互いの両親も知っていたので二人をいいなずけにしたのだ。
 ようやく爆撃が終わって、気がつくと朝日が昇ってきた。真琴はたくさんの人を、押しのけて堤防へ登った。あたり一面焼け野原になっていた。コンクリートの建物だけがなんとか建っていた。橋の上には、無数の黒焦げの死体が折り重なるように倒れていた。まだ暑い地面のなか、自分の家があった方へ向かっていった。ポストの前だったので、すぐに見つけることが出来た。何もかもが焼けてしまった。真琴はしばらく焼けた自分の家を見渡していたが、母の病院へ行くことにした。病院はコンクリート製なので焼けずに残っていた。しかし人気はない。中に入っていくと、肌がピンク色になってる死体がいくつもあった。生きたまま蒸し焼きになってしまったのだ。真琴は恐る恐る母の病室に入ってった。
母も同じだった。この時はなぜか涙は出なかった。真琴は母を背負い病院から出て家に連れて帰って焼けた家の隅に母を置いて、今度は父を探しに行った。家から1kmほどのところにある建物だ。そこに着くと、門を入ってすぐの広場に、いくつも黒焦げの死体が並べられていた。死体運びをしていた兵隊に声をかけた。
真琴「すいません。朝倉葉明の息子です。父はどこにいるか分かりますか?」
兵隊が答えた。
兵「ああ、朝倉ならそこの死体のどれかだ」
真琴「調べても良いですか?」
兵「いいよ」
真琴は黒焦げの死体の鉄兜の裏を調べていった。なぜなら父の鉄兜の裏には、あかりの手形を墨で押してあるからだ。5人目の鉄兜の裏を見ると手形が押してあった。
真琴「いました」
兵「見つかって良かったな、焼いてやろうか?」
真琴「母もいっしょに焼いていただけませんか?」
兵「かまわないよ」
真琴「じゃあ連れてきます」
作品名:3月10日 作家名:棚橋