青い夕焼け
日誌を書くためにうつむいているぶん、望月優美の表情は見えなかった。いや、私が見る勇気がなかっただけなんだけど。
私の反応にかまわず、彼女は続ける。
「望月さん、私とまるで正反対のタイプじゃない?同じ名字なのにね。先生たちにとって、私は『ただの望月さん』だし。たぶん、クラスのみんなにとってもそう。あなたは影響力も発言力もある望月さんで、私は『ただの望月さん』。私のこと、フルネームで覚えてくれてる人って、このクラスにどれくらいいるんだろうね」
何も言うことができない私の様子を知ってか知らずか、彼女は早口に言う。
「私ね、望月優美っていうの。優しくて、美しいって書くの。笑っちゃうよね。そんないい子に育ってほしいって願望、露骨に出すぎだよね。そんなんだからさ、周りの人みんなが私に非の打ちどころのないいい子になってほしいって思ってるんじゃないかって気になるの。ほんとは、そんなの自意識過剰だってわかってるの。みんな、そんなに私に注目してないしね。でも、ううん、だからこそって言うのかな、私、誰からも認められるいい子になりたかった」
だからね、と区切ると、私を見て、すごく寂しそうな笑顔で言う。
「だから私、望月さんが、自然体のくせに、気を使うことなんて大嫌いのくせに、あっさりなじめちゃう望月さんが、羨ましかった」
私は、しばらく何も言えなかった。人の本音を、初めて聞いた気がして、それにびびってしまったんだと思う。
でも、わかったことが、一つある。
そうか、だから私は望月優美が嫌いだったんだ。
それがわかって、自分の弱点を見つけてしまったような気がした。
「あのね、私、望月あかりっていうの」
今度は、彼女が面喰う番だった。私は、続ける。
「平仮名で、あかり。まわりすべてを照らし出してしまえるような明るい子に育ってほしいからなんだって。そこまで露骨に命名されちゃうと、そうならなきゃいけないような気がしてさ、はりきっちゃった結果が、これ。中学のときはね、勘違いしててさ、自分の我を通してばっかで、気が付くと孤立してたわけ。バカだよね。完全に、はき違えちゃってさ。だから、協調性とか、集団で生きていくために必要なノウハウ持ってる子が、嫌いだった。だって、ずるいじゃない。私はそんなもの、持ってないのにさ」
望月優美は、ただ目を見開いて私の言葉に聞き入っている。
「だからね、高校入ってからは、ちょっと我慢することも覚えた。でも、あいかわらず、人の顔色見ることは苦手だった。だから、それを普通にやっちゃう人は嫌いだった。」
これから先に言うことは、私が中学以来ずっと目を背けてきたことだったけど、言うことにためらいは感じなかった。
「私、なんだかんだ言って、結局人に好かれたいんだと思う。自分を押し込めることが必要だとわかってても、人と関わりたいって思う。私を見ていてほしいって思う。だから、望月優美、私、あんたのこと嫌いだった」
私は、彼女の目を、しっかり見て、言う。
「だって、あなたと私って、すごく似てるんだもん」
ようやくわかった。
どうして同じ名字が嫌だったのか。彼女が人の顔色窺うことに腹を立てたのか。
同じなのだ。私も、彼女も。
人に嫌われたくない一心で、レッテルをはがすことができない。
まるで正反対のようでいて、根本は同じ。だからこそ、お互いの持ち物に歪んだ執着を見せてしまうんだろう。
望月優美は、しばらく何も言わなかった。
そして、深いため息をつくと、至近距離にいる私がようやく聞きとれるくらいの小さな声で、
「そうだね」とつぶやいた。
「私、やっぱりあかりちゃんのこと、苦手」
「私も。優美のこと苦手」
私たちはお互い見つめあうと、同時に言った。
「だから、望月さんってよぶの、やめる」
そう言って、同時に吹き出した。
笑いながら、思った。同じことを、たぶん、優美も思っているはずだ。
今は嫌いでも、先のことはわからない。そして、お互いが嫌いじゃなくなるときは、たぶん、今よりずっと、自分を好きになっているはずだと。
「さ、行こう。日誌出して、帰ろう」
私は、まだ書き終わっていないと焦る優美を急かしながら、考える。
日直の仕事が全部終わったら、優美と自販機に行ってジュースを買おう。それを飲みながら、二人でのんびり帰ろう。
窓から差し込む茜色の夕焼けは、まだ青い面影を残す空の色には馴染みきれていない。
でも、そのグラデーションがあまりにも澄み切っていて、見惚れた。
明日は、きっと晴れる。