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桜の光景

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ああ、今年もこの季節が来たか。

 駅に向かう道すがら、若葉はその頭上を覆う桜の枝の先に、大きく膨らむ蕾を見つけて溜息を漏らした。何故毎年必ず桜は咲くのか。たまには咲かない年だってあってもいいんじゃないだろうか。大体、何だってこの国には桜の木がこんなに植えられているんだ。それが嫌いだと思っている人間のことも少しは考えてくれたっていいんじゃないだろうか。

 とんでもない言い掛かりだとも、はっきり言って桜が嫌いなんて人種は希少だということもわかっている。それでも桜を見るたびに襲われるこの苛立ちはどうにもならないのだ。

 ぶつける先を見つけられないその苛立ちは、毎年誘われる仲間内での花見の席の酒で誤魔化される。要するに自棄酒だ。「桜なんて糞食らえ」そんな言葉を酒と一緒に飲み込むうちに、若葉は毎年飲みすぎる羽目になる。その言葉を吐き出せれば少しはましになるのかもしれないけれど、若葉にそれはできなかった。言えば必ず「何故」と問われることは明白だからだ。そんな事を問われても答えられるはずはなかった。こんな馬鹿馬鹿しい理由で桜を嫌いでいるなんてことは、誰にも言えるはずがなかった。

 若葉が桜を毛嫌いするようになった原因とも言える高校からの友人、吉野から数ヶ月ぶりにメールが届いたのはその日の昼過ぎのことだった。今年から地元に戻ることが決まり、今帰って来ている。そして、暇だから今日呑みに行くのに付き合ってくれというのがその内容だ。

 それを見て若葉は溜息しか出てこなかった。相変わらずの気まぐれ。相手の都合などお構いなしだ。憤然としてそのメールに返事を送った。久しぶりのメールでいきなりなんだ。たまたま予定が空いていたからいいようなものの、いきなり今日と言われても都合がつかない場合もあるのだ。どうせ誘うならもうちょっと事前に予定を確認するべきだ。そんな内容だった。

 吉野という人物は昔からこうだった。何から何までいい加減で他人の都合などお構いなし。自分が言ったことも一日もすればすっかり忘れている。何人かで約束をしたときも待ち合わせの時間に間に合ったことなどほとんどない。しかも遅れてきておいてへらへらと悪びれもしない。その態度に若葉は何度怒鳴りちらしたかわからない。それはもう、若葉の剣幕に他の友人たちが怒るのを忘れるくらいだ。それでも吉野はへらへらと笑っていたのだけれど。

 そんな吉野が待ち合わせに遅れずに来たことがあった。若葉と吉野はめったに二人だけで会うことはなかったのだけれど、高校三年間でたった二度ほどそういう機会があった。そのときのことだ。そしてそのときの出来事が、若葉が桜を疎ましく思うことに関わっているのだ。

作品名:桜の光景 作家名:新参者