空白の英雄4
ミーファの聞く限り、トオンは傭兵だった。
ミーファの見る限り、トオンは戦わなかった。
というのも敵がいなかった。いつも安全な道を選んで旅をしていたし、いつも魔獣には会わなかった。
町でちょっとした仕事をしても、それは荷物運びみたいな重労働だ。護衛や警備、ましてや兵みたいな仕事はしなかった。
「ねぇトオン。トオンは傭兵さんじゃないの? どうしていつもちっちゃい仕事しかしないの?」
彼がその問いに応えることはなかった。
すべてはミーファのためだと、トオンには言えなかった。彼はミーファが戦場までついて来かねないと思っていたので危ない橋は渡らなかった。だから町でも仕事すらやらせなかった。ミーファがどんなに手伝おうとしても断った。ミーファにはいつも宿をとる係か宿で荷物番をさせていた。
そんなある日、ある街に着いた。
おとぎ話のような街並みの平和で豊かな街だった。
トオンは何か仕事を受けたらしく朝早くから出て行ってしまった。ミーファは荷物番ということなのだろう。荷物も大切にしている大剣も部屋にあった。
「つまんない」
ミーファは窓から顔を出した。白い石畳がどこまでも続く街並みはロマンチックにリズムを刻む。陽が反射して日陰さえもキラキラして見えた。
そんな道の片隅に人だかりができていた。人々は歓喜の声をあげたり、何かに聞き入って静かになったりとせわしない。楽しそうな音楽も聞こえてくる。ミーファがジッとしていられるわけがなかった。
ミーファは窓から靴を投げ出し、自身も窓から抜け出した。一目散に人だかりに走っていった。
人だかりは皆、物語を聞いていた。中央の語り部は今まさに、勇者トオンが大魔獣と相討ちになる場面を話していた。
「両者どちらも引かずまた行かず。睨み合い…隙を探る…。英雄トオンは身の丈以上の大剣を軽々と振るい、大魔獣の喉元に突き刺した。それで済めばただの物語。英雄は魔獣の鋭き毒の爪に胸を貫かれたのです。――英雄トオンは王のために身を犠牲にし、さらわれていた王妃とこの国を救ったのであります。彼こそ勇者トオン!」
人々はみな大喝采だった。口々に語り部を誉めながらカンにお金やお菓子を投げた。
投げ終わった人々はクモの子を散らしたように居なくなってしまった。
語り部はカンに入らなかったお金や、小さなスピーカーの後片付けをしていた。魔法か何かでそれらを小さな鞄にしまう。その途中でミーファは声をかけた。
「お兄さん、とっても面白かった!」
「そうかいありがとうお嬢ちゃん」
語り部は浅い帽子をちょっと浮かせてみせた。どこにでもいるお調子者の顔をしていた。
「私途中から聞いたけどとってもわくわくしたの」
「へぇ、どこからだい?」
ミーファが正直にクライマックスしか聞いていないことを伝えると、語り部はオーバーに驚いてみせた。この語り部は仕事での仕草が日常にでてしまうようだ。
「もったいない。僕的な見せ場はもういっこ前のさ、勇者が王妃を助けるところなんだ」
「王妃? 勇者の話の中に王妃なんていたっけ?」
ミーファの記憶の中を懸命に探したが王妃など記憶になかった。
「いたよ。現王の今は亡き妃さ。まだご婚姻されてなかったみたいだから世間ではお姫様になってるよ。ちなみになんで勇者がお姫様を助けに行ったかというとだな、どうも勇者はこのお姫様にホの字だったみたいなんだ」
「ホの字? ふふ、面白い。すごいねお兄さん、いっぱい知ってるのね」
語り部は得意げに胸をドンと叩いてみせた。
「そうさ! 僕は勇者トオンのことを知りたくて知りたくて、知ったら知ったでついには語り部になった男さ。その名もソラ。何でも聞きな!」
ソラはまた胸を叩いた。その拍子に集めた銅貨をばらまいた。
「じゃあえーっと、勇者はお姫様が好きで助けに行ったの?」
「あぁ半分はな。でも半分は仕事だな。って言うのもだな、勇者トオンは今でこそ勇者や英雄って言われてるが本当には30年前の城の騎士なんだな。隊長とか位の高い騎士じゃなくてただの騎士。つっても平民の出だから登れなかっただけみたいだ。当時の騎士長の日記にあったには勇者トオンは相当強かったみたいだ。勇者トオンを騎士長にしたいって書いてあった」
ソラは誇らしそうに勇者の話をする。彼にとって勇者が大きな存在であることが伺える。
いや、ソラだけではない。ミーファは勿論、この国の大人子供皆が勇者を愛していた。何十年か前に、王が勇者の物語を書かせたときから勇者は広く愛されるようになった。同時に勇者の友人である王も愛された。
ソラは時計を見ると血相を変えた。
「ごめんよお嬢ちゃん。時間が押してるみたいだ。……あぁ、そんな顔しないで! 今日貰った飴全部あげるよ。またね!」
ソラは何かに吸い込まれるように街路に消えていった。
彼の背を見送ると、ミーファは貰った飴を持ち上げてみた。両手に余るくらいたくさんの飴だった。かき集めてスカートの裾をカゴ代わりに部屋に運んだ。
▼
トオンが帰って来たのは日が沈む頃だった。
彼が部屋に入るとミーファがベッドの上で飴の山を分けていた。彼は状況が飲み込めず、不思議そうな顔をしてミーファを見た。
「これね、語り部さんから貰ったの。ちょっとお金も混ざってたから分けて返そうと思って。バラァってなってるけど……ちゃんと片づけるよ」
納得したように頷くとトオンはソファーに腰掛けた。
「あのね、コレをくれた語り部さんが勇者トオンの御話を聞かせてくれたんだけど、とってもスゴいの。勇者と大魔獣の一騎打ちのところがすごくワクワクしたの。とっても上手な語り部さんだったよ。あ、飴たべる?」
トオンは首を振った。ミーファが差し出した飴はトオンの苦手な黄色い飴だったからだ。
「それにね、何でも知ってるの。勇者のことなら知らないことなんてないんだって!」
「ハ、ハ…。そりゃいい」
トオンは赤い飴をつまんで口に放った。ミーファも同じものを選んで食べてみた。嫌いではないが鼻に抜ける感じが好きになれそうになくて顔をクシャクシャにしてしまった。
「あのね、勇者は昔のお城の騎士様だったんだって。トオン知ってた?」
彼は唸るような声で返事をした。あまり興味がないのだろう。
だがミーファはトオンに興味津々だった。
「ね、ね、トオンは昔から傭兵さんだったの?」
壁にいる大剣に目をやった。ミーファはもとからこういう土色の剣かと思っていた。だがよく見ると違っていた。この大剣は時間と共に錆びて、いつの間にか銀から黒ずんでしまったらしい。時間がかかったが、ミーファの素人目にもそれは分かる。
ミーファは飴を置いて大剣に並んでみた。大剣はミーファより大きいものだった。
「これってとっても古いじゃない。ずっと傭兵さんだったのかなぁ〜って」
言い終わるとミーファはトオンの隣に座った。
「傭兵も騎士も同じだ。敵がいるなら斬るしかない」
「同じ? 騎士様はお城を守ってるんでしょ」
「守るためには敵を斬る」
「ふーん」
ミーファには実感が持てなかった。守ることと斬ることが結び付かない。傭兵のトオンだからそう言うのだろうか。
「トオンは何かを守ったことはないの?」
「……守ろうとしたことは、あった」
「何を? ね、教えて」
ミーファの見る限り、トオンは戦わなかった。
というのも敵がいなかった。いつも安全な道を選んで旅をしていたし、いつも魔獣には会わなかった。
町でちょっとした仕事をしても、それは荷物運びみたいな重労働だ。護衛や警備、ましてや兵みたいな仕事はしなかった。
「ねぇトオン。トオンは傭兵さんじゃないの? どうしていつもちっちゃい仕事しかしないの?」
彼がその問いに応えることはなかった。
すべてはミーファのためだと、トオンには言えなかった。彼はミーファが戦場までついて来かねないと思っていたので危ない橋は渡らなかった。だから町でも仕事すらやらせなかった。ミーファがどんなに手伝おうとしても断った。ミーファにはいつも宿をとる係か宿で荷物番をさせていた。
そんなある日、ある街に着いた。
おとぎ話のような街並みの平和で豊かな街だった。
トオンは何か仕事を受けたらしく朝早くから出て行ってしまった。ミーファは荷物番ということなのだろう。荷物も大切にしている大剣も部屋にあった。
「つまんない」
ミーファは窓から顔を出した。白い石畳がどこまでも続く街並みはロマンチックにリズムを刻む。陽が反射して日陰さえもキラキラして見えた。
そんな道の片隅に人だかりができていた。人々は歓喜の声をあげたり、何かに聞き入って静かになったりとせわしない。楽しそうな音楽も聞こえてくる。ミーファがジッとしていられるわけがなかった。
ミーファは窓から靴を投げ出し、自身も窓から抜け出した。一目散に人だかりに走っていった。
人だかりは皆、物語を聞いていた。中央の語り部は今まさに、勇者トオンが大魔獣と相討ちになる場面を話していた。
「両者どちらも引かずまた行かず。睨み合い…隙を探る…。英雄トオンは身の丈以上の大剣を軽々と振るい、大魔獣の喉元に突き刺した。それで済めばただの物語。英雄は魔獣の鋭き毒の爪に胸を貫かれたのです。――英雄トオンは王のために身を犠牲にし、さらわれていた王妃とこの国を救ったのであります。彼こそ勇者トオン!」
人々はみな大喝采だった。口々に語り部を誉めながらカンにお金やお菓子を投げた。
投げ終わった人々はクモの子を散らしたように居なくなってしまった。
語り部はカンに入らなかったお金や、小さなスピーカーの後片付けをしていた。魔法か何かでそれらを小さな鞄にしまう。その途中でミーファは声をかけた。
「お兄さん、とっても面白かった!」
「そうかいありがとうお嬢ちゃん」
語り部は浅い帽子をちょっと浮かせてみせた。どこにでもいるお調子者の顔をしていた。
「私途中から聞いたけどとってもわくわくしたの」
「へぇ、どこからだい?」
ミーファが正直にクライマックスしか聞いていないことを伝えると、語り部はオーバーに驚いてみせた。この語り部は仕事での仕草が日常にでてしまうようだ。
「もったいない。僕的な見せ場はもういっこ前のさ、勇者が王妃を助けるところなんだ」
「王妃? 勇者の話の中に王妃なんていたっけ?」
ミーファの記憶の中を懸命に探したが王妃など記憶になかった。
「いたよ。現王の今は亡き妃さ。まだご婚姻されてなかったみたいだから世間ではお姫様になってるよ。ちなみになんで勇者がお姫様を助けに行ったかというとだな、どうも勇者はこのお姫様にホの字だったみたいなんだ」
「ホの字? ふふ、面白い。すごいねお兄さん、いっぱい知ってるのね」
語り部は得意げに胸をドンと叩いてみせた。
「そうさ! 僕は勇者トオンのことを知りたくて知りたくて、知ったら知ったでついには語り部になった男さ。その名もソラ。何でも聞きな!」
ソラはまた胸を叩いた。その拍子に集めた銅貨をばらまいた。
「じゃあえーっと、勇者はお姫様が好きで助けに行ったの?」
「あぁ半分はな。でも半分は仕事だな。って言うのもだな、勇者トオンは今でこそ勇者や英雄って言われてるが本当には30年前の城の騎士なんだな。隊長とか位の高い騎士じゃなくてただの騎士。つっても平民の出だから登れなかっただけみたいだ。当時の騎士長の日記にあったには勇者トオンは相当強かったみたいだ。勇者トオンを騎士長にしたいって書いてあった」
ソラは誇らしそうに勇者の話をする。彼にとって勇者が大きな存在であることが伺える。
いや、ソラだけではない。ミーファは勿論、この国の大人子供皆が勇者を愛していた。何十年か前に、王が勇者の物語を書かせたときから勇者は広く愛されるようになった。同時に勇者の友人である王も愛された。
ソラは時計を見ると血相を変えた。
「ごめんよお嬢ちゃん。時間が押してるみたいだ。……あぁ、そんな顔しないで! 今日貰った飴全部あげるよ。またね!」
ソラは何かに吸い込まれるように街路に消えていった。
彼の背を見送ると、ミーファは貰った飴を持ち上げてみた。両手に余るくらいたくさんの飴だった。かき集めてスカートの裾をカゴ代わりに部屋に運んだ。
▼
トオンが帰って来たのは日が沈む頃だった。
彼が部屋に入るとミーファがベッドの上で飴の山を分けていた。彼は状況が飲み込めず、不思議そうな顔をしてミーファを見た。
「これね、語り部さんから貰ったの。ちょっとお金も混ざってたから分けて返そうと思って。バラァってなってるけど……ちゃんと片づけるよ」
納得したように頷くとトオンはソファーに腰掛けた。
「あのね、コレをくれた語り部さんが勇者トオンの御話を聞かせてくれたんだけど、とってもスゴいの。勇者と大魔獣の一騎打ちのところがすごくワクワクしたの。とっても上手な語り部さんだったよ。あ、飴たべる?」
トオンは首を振った。ミーファが差し出した飴はトオンの苦手な黄色い飴だったからだ。
「それにね、何でも知ってるの。勇者のことなら知らないことなんてないんだって!」
「ハ、ハ…。そりゃいい」
トオンは赤い飴をつまんで口に放った。ミーファも同じものを選んで食べてみた。嫌いではないが鼻に抜ける感じが好きになれそうになくて顔をクシャクシャにしてしまった。
「あのね、勇者は昔のお城の騎士様だったんだって。トオン知ってた?」
彼は唸るような声で返事をした。あまり興味がないのだろう。
だがミーファはトオンに興味津々だった。
「ね、ね、トオンは昔から傭兵さんだったの?」
壁にいる大剣に目をやった。ミーファはもとからこういう土色の剣かと思っていた。だがよく見ると違っていた。この大剣は時間と共に錆びて、いつの間にか銀から黒ずんでしまったらしい。時間がかかったが、ミーファの素人目にもそれは分かる。
ミーファは飴を置いて大剣に並んでみた。大剣はミーファより大きいものだった。
「これってとっても古いじゃない。ずっと傭兵さんだったのかなぁ〜って」
言い終わるとミーファはトオンの隣に座った。
「傭兵も騎士も同じだ。敵がいるなら斬るしかない」
「同じ? 騎士様はお城を守ってるんでしょ」
「守るためには敵を斬る」
「ふーん」
ミーファには実感が持てなかった。守ることと斬ることが結び付かない。傭兵のトオンだからそう言うのだろうか。
「トオンは何かを守ったことはないの?」
「……守ろうとしたことは、あった」
「何を? ね、教えて」