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「私ね、気付いたの。ほんとうはずっと前からあんたの気持ちを知ってたんじゃないかって」
「え?」と爽太は奈央の顔を見る。
「それを知ってたから、自分の気持ちを貫くことができたんじゃないかって。あんたが私の側にいて、いつも私を見てくれてるって分かってたからこんなにも望みのない片想いを続けてこられたんじゃないかって」
 なんだそれは。
 今言われたことを頭の中で整理してみる。
 自分が奈央のことを想っていたから奈央は和真のことを好きで居られた。では自分が奈央のことを想ったりしなければ少しは状況も変わっていたということだろうか? いや、でもその場合はそもそも奈央に振り向いてもらう必要がないわけで……
 戸惑いが顔に出ていたのだろう。ふと見れば奈央が苦笑している。
「ごめん。混乱させちゃったかな」
「まあ、混乱っていうか……コメントに困ってることは確かだけど」
 爽太は右手の人差し指で頭をぽりぽりとかく。未だ困惑の治まらない爽太の横で、奈央はふっと優しげに微笑んだ。
「だからね、あんたにお礼が言いたくて。ありがとう、こんな私のことを好きになってくれて」
 どうにも背中がむずがゆくなってしまう。ありがとう、だなんて、この気持ちはそんなことを言われるような代物ではないのに。
「ねえ、爽太」
 ふいに奈央の瞳がこちらを向いた。じっと見つめられるとなんだかいたたまれない気持ちになったけど、今度は視線を逸らすようなことはしない。
「私、あの時ずいぶん酷いこと言っちゃったよね。ごめんなさい。私のこと、嫌いになっちゃった?」
 真剣な声、真剣な表情。今は本音以外を語ってはいけないのだ、と悟らされる。
「いや。今でも俺の気持ちに変わりはないよ」
 言った瞬間、奈央ははっとしたように自分の口元をおさえた。見る間にその瞳がじわじわと潤んでくる。
「え。おい、奈央?」
「やだ。どうして最近の私ってこんなにも泣き虫なんだろ」
 爽太としては二日連続、いや、あの校舎裏でのことを含めればこれで三日連続で女の子の涙を見たことになる。それぞれ質は違うのだろうけど、実際昨日は一人の女の子を傷つけて泣かせたわけだから、なんだか自分がとてつもなく酷い男になったような気分だ。
「ごめん。気にしないで。私にもなんだかよく分からないけど、急に嬉しくなっちゃって」
 目元をこすりながら、言葉通り奈央は本当に嬉しそうに微笑んでみせる。
「そんなふうに言ってくれる人なんて、他に居るのかな。こんな私をそこまで想ってくれる人になんて、あんた以外にはもう一生出会えないかもしれない」
「大げさだよ」と爽太が言っても、奈央は静かに首を横に振るだけだった。
「私だって自分のことはちゃんと分かってるつもり。こんなにもめんどくさくてかわいくない女を本当の意味で好きになってくれる物好きなんて、あんたくらいのものよ」
 いくらなんでも自虐が過ぎるのではないか、とも思うが、否定できない部分があるのも事実だ。今奈央が自分で言ったようなお世辞にも女の子らしいと言えないような性格の陰から見え隠れする、優しくて友達想いで、実は意外と繊細だったりもする部分。そこにこそ爽太は惹かれてしまったのだから。
「ねえ。今すぐに私の恋人になってって言ったら、あんたは頷いてくれる?」
 今さらこのくらいで驚きはしない。爽太は少し考えてから、慎重に口を開いた。
「……ごめん。一度諦めるって決めちゃったから、すぐには切り替えができないんだ。それに――つまらないこだわりだと笑ってくれていいよ。でもさ、やっぱり俺、今までずっと和真のことだけを見てきた奈央を知ってるから。いくら奈央のほうからそんなふうに言ってくれたとしても、どうしても吹っ切れない部分が残っちゃうと思う」
 本当に、どうしてなのだろう。こんな自分を殴りつけてやりたい。そんな下らないことを考えていないで、今すぐにでも奈央を抱きしめてみせればいいのに。きっと奈央もそれを望んでいるに違いないのに。
「そうだよね」と、沈んだ声が返ってくる。「ごめん」と口にしていいのかどうか、よく分からない。
「今までずっと爽太に悲しい思いをさせてきたんだから。少しくらいは私にもそれを分けてもらわなきゃいけないよね」
 そこまで言ってから、奈央はぱっと顔を上げた。そこにはもう涙なんてあとかたもなくて、ただいつも通りの奈央の笑顔があるだけだった。
「でも、逃がさないんだからね。残念ながらあんたと私の進学先はすぐ近く。卒業してからもずっと会いに行って、いつかはあんたを降参させてみせるんだから」
 つられるように、爽太も少し笑う。
「でも、大学に行ったらいろんな出会いがあるんだぞ? 俺も違う女の子を好きになっちゃうかも知れないぞ?」
 う、と一瞬だけ言葉を詰まらせた奈央だったが、すぐに何かを思いついたようにぱっと顔を輝かせる。
「別にいいわよ。もしそうなったって、あんたが言ってた通りにするだけよ」
 少しだけ考えて、すぐに思い当たる。多分、あれだ。
「あんたがどこを向いていようと関係ない! 私が力ずくで振り向かせてみせる!」
 ほら、やっぱり。
 今度こそ、爽太は心の底から笑顔になった。
「そっか。それじゃ、俺も覚悟しておかないといけないな」





 数日後、卒業式の日。
 結局奈央と愛華はぼろぼろに泣いてしまって。それを慰めつつ、爽太と和真も少しだけ泣いて。
 最後にはみんなで抱き合って、
「ずっと友達でいようね」
 と約束したのだった。
作品名:ベクトル 作家名:terry26