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この手に君のぬくもりを

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 2056年、10月16日。
 日本のとある高校にて、桜井透は頭を抱えていた。
 時刻は午前11時を少し過ぎたところ。三時間目の授業中である。
 今日の透は朝からずっとこの調子だ。下を向いて、自分の机とにらめっこしたまま動かない。一応教科書は開いているので一見すると授業に集中しているようでもあるが、実際のところ透が考えているのはまるで別のことだ。その証拠に、教師に名前を呼ばれてもしばらく気付かず、何度も繰り返し呼ばれてようやく慌てて立ち上がる有様。当然ながら教師の出した問いには答えられず――というか今自分が何を問われているのかすら分からず、とんちんかんな答えを言ってしまってクラスから失笑を買った。

 普段の透はわりと真面目な生徒だ。それが今日はずっとこんな調子なのだから、当然彼の様子がおかしいことに気付くクラスメイトも何人かは居た。
「よう、今日は一体どうしたんだよ? なにか悩みでもあんのか?」
 そんなクラスメイトの一人であり、透にとっては中学時代からの友人でもある斉藤新太がそういって声をかけてきたのは昼休みの出来事だった。「いや、ちょっと……」と透はもごもごと何かを呟いたあと、
「なあ新太。お前、女の子から告白されたことってある?」
 唐突にそんなことを言った。途端にクラスメイトたちが好奇の視線を突き刺さしてくるが、透はまるで気付かない。気付く余裕がない。
「あー、えっと、お前今日昼メシは?」
 取り繕うように新太は言う。いきなり切り替わった話題の裏にある真意は「場所を変えて話をしよう」といったところか。
「……そういえば用意してない。今日は学食かな」
「そういえば、ってお前。ひょっとして昼メシのこと今まで忘れてたのかよ?」
 どこか上の空な様子で頷く透に、新太はいよいよ目の前の友人の異常を確信したらしい。「いくぞ」と透の腕を掴んで半ば強引に立たせ、連れ立って教室から出て行こうとする。
「ちょっと待った」
 そこを一人の女子生徒の声が呼び止めた。たた、と軽快な足音と共に一つの人影が透たちの前に回りこんでくる。下を向いていた透の視線の先で短いスカートがふわりと舞った。
「さっきのセリフ、聞こえたわよ。どういうことなのか説明しなさい」
 長身ですらりとした体躯、ショートカットがよく似合うその女子生徒の名前は高峰聡子。女子バレー部のエースである彼女はその肩書きどおりいかにも体育会系ではすっぱな性格をしており、男女問わず誰とでもよく喋る。
「可愛い」というよりは「カッコイイ」という形容詞がしっくりくるその外見、そしてこの性格と口調からついたあだ名が「あねご」。もっとも本人の前で言うと怒るのであくまでみんな陰で言っているだけなのだが。
「げ、高峰さんか……」
 新太はなんとも微妙な顔をして透のほうを窺う。聡子にも話を聞かせるべきなのかそうでないのか、明らかに決めかねているどっちつかずな顔で。
「ちょうどいいや。女の子にも聞いてもらったほうがいいような話だから」
 聡子の眉根がぴくりと反応した。顔を下に向けたままだった透にはそれが見えない。
「じゃ、じゃあ高峰さんも一緒に行こう。早くしないと席埋まっちまうぞ」
 何やらあたふたとしながら新太が先に立って歩き出す。傍から見れば明らかに不自然な動きだが、透は気にもせずあとについて歩き出す。昼休みの喧騒をどこか遠くに聞きながら、考えることは一つだけ。
 自分は一体どうしたらいいのだろう、と。





 時間は前日の夜にさかのぼる。
 場所は自宅のマンション室内、透は椅子に腰掛けて自室のデスクに向かっていた。視線の先にはデスクトップ型パソコンのディスプレイ。そこに映っているものを、透はぽかんとした顔で眺めていた。
「えっと、僕の聞き間違いかな? 君、今なんて言った?」
 今この部屋には誰も居ないが、これは透の独り言ではない。かといって電話をしているわけでもなくて、その代わり彼の耳にはイヤホンマイクが付けられていて、そこから聞こえてくる声が透の言葉に答えた。
「あの、ですから……あなたのことが、す、好きですって、言ったんですけど……」
「……聞き間違いじゃ、なかったんだ。いや、でも、だって、そんな」
 あまりの困惑に顔をしかめる透。その視線の先、ディスプレイに映し出されているのは一人の少女だ。おそらく年の頃は透と同年代。フリルのあしらわれた白いブラウスと黒のフレアー型スカートを身につけている。彼女が身じろぎするたびに、肩の下まで伸びた栗色のロングヘアがさらさらと流れた。
「ごめんなさい。いきなりこんなことを言われても迷惑ですよね? それは分かってたんですけど……」
 悲しげに伏せられる彼女の瞳を見て、ほとんど反射的に透は「迷惑なんかじゃない」と口走ってしまう。ほんの一瞬だけ自分のうかつさを後悔しかけたが、「ほんとですか?」と上目遣いで控え目な視線を向けられてすぐにそんな気持ちは消え去った。
 ふっくらと柔らかそうな頬を真っ赤に染めてこちらを見つめてくるその仕草は、ディスプレイ越しにでも透の胸をどきんと跳ね上げさせるには十分すぎるほどの破壊力を秘めていた。そう、こんな女の子から好きだと言われて迷惑だなんて思うわけがない。ましてや透には決まった恋人が居るわけではないのだから。
 だけれども、だ。いかに彼女が魅力的であろうとも、決して無視はできない重大な問題が透と彼女の間には横たわっているわけで。
「あのさ、えっと……サヤ、って呼んだらいいのかな?」
 彼女は少し微笑んで、「はい。そう呼んでもらえたら嬉しいです」と言った。
「じゃあ、サヤ。もう一度だけ確認させてくれ」
「はい」と彼女――透がサヤと呼んだディスプレイの中の少女は礼儀正しく答える。
「どこからどう見ても君はかわ――普通の女の子にしか見えないのだけど」
 思わず「かわいい女の子」と言ってしまいそうになって、透は慌てて言い直す。
「でも、これってテレビ電話とかじゃないんだよね? 映像つきのボイスチャットとかでもなくて」
「はい、そうです」
 透は諦めたように一度大きく息をはいて、つい先ほどにもやった確認を口にする。
「君の名前はサヤ。嘴葉大学の開発チームが作り出した人工知能。それで間違いない?」
「はい」ともう一度はっきりとサヤは返事をした。
 それきり、しばらく会話が途絶える。透にしてみれば訊きたいことはそれこそ山のようにあるのだが、たくさんありすぎて何から訊いていいのかさっぱり分からない。サヤはサヤで、困惑に頭を抱える透をディスプレイ越しにじっと見ているだけで何も言わない。
 そのままたっぷり十分ほど続いた沈黙のあと、透は唐突に「ごめん。ちょっと電話してくる」と言い残して席を立った。デスクの隅っこに置いてあった携帯電話を手に取り、そそくさと部屋を出て行く。
 足早にリビングまで移動したあと、透は携帯の電話帳から一つの番号を呼び出した。プライベートな用件なので掛けるのは仕事先ではなしに携帯のほうだ。今日は夜勤のはずだし出ないかな、と思っていたら、意外にも三コールもしないうちに応答があった。
『こら。仕事中はかけてくんなっていつも言ってるだろ』
作品名:この手に君のぬくもりを 作家名:terry26