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桜田みりや
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novelistID. 13559
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空白の英雄3

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村と言うには華やかで、町と呼ぶには殺風景な町だった。
いつもなら出かけてしまうトオンが、珍しく宿屋の部屋にいた。
「ね、トオン」
ミーファはベッドに座るトオンのそばに近づいた。
「今日はどこにも行かないの?」
その問いにトオンは何も答えなかった。
ミーファは心の中でみっつ数えた。トオンの反応が3秒間ないなら、だいたい肯定の意味だと先日気がついたからだ。
察するに、どうも今日はどこにも行かないらしい。
「お散歩に行こうよ」
なぜだと言っているような顔つきだった。特に眉間が。
「だって天気もいいし。ここって噴水がとっても綺麗なの。見に行こうよ」
早足で3まで数えた。ミーファはどうしても一緒に行きたくてしかたがなかった。
「トオン行こう」
数え終わると立ち上がり、ドアを開けて待った。トオンはゆっくりと立ち上がり、ドアから部屋を出て行った。
ミーファはトオンの腕を引っ張って宿屋を出た。
外は眩しいくらいに晴れわたっていた。快晴というには雲が多かったが、真っ青な空の白い綿雲は空よりも明るく輝いて見えた。
その雲のように白い石畳の道を歩いていくと、木々が植えられた人工の森につながっていた。森は手入れが行き届いているらしく、邪魔な枝も葉もなかった。まだらに照らされる白い石畳の上に噴水が姿をあらわした。
「トオン、噴水よ!」
トオンの腕をグイグイ引っ張って、噴水のよく見える位置までやってきた。
噴水の土台は赤ん坊が積み木を積み上げたような面白い形をしていた。その不思議な形のあらゆる場所から噴き出す水はどれひとつ同じ形がない。傘型やボール型に広がる水の芸術が時と共に高さや形を変え、光を四方八方に反射させて変化していた。
ミーファはいつの間にか夢中で噴水を見ていた。気づけば掴んでいたはずのトオンの腕も、噴水の冷たい縁にすり替わっていた。
「あれ?」
当たりを見回すも近くにトオンはいなかった。噴水をぐるりと探すと、彼はは少し離れたベンチに座っていた。
ミーファは駆けていき、隣を少し空けてベンチに座った。
「トオンこんなところにいた」
唸るような声ならぬ声で返事が返ってきた。
彼が何を見ているのか聞こうと思っていたが、それは同じベンチに座ると察してしまった。このベンチからはさっきの場所の真裏から噴水が見ることができた。
ミーファはトオンの横顔をチラリとうかがった。彼は噴水から顔を動かさない。
少しだけ隙間を詰めてみた。それでも変に隙間が空いていた。
真横に座りたかったが、なぜだかこっぱずかしくて座れない。いっそのことトオンがうたた寝でもしていてくれれば簡単に座れるのに、とミーファはこっそりため息を吐いた。
もう一度トオンの様子をうかがって、隙を見計らい、距離を詰めた。
もう少し隙間がある。
もう少し。もう少し。……。
「おい」
ミーファは全身の毛が逆立ったかと思った。
おそるおそる顔を上げてみると、トオンは噴水を見たままだ。別段ミーファを見ている様子もない。
「ど、どうしたの?」
「お前は……」
トオンは鳥でも目で追うように顔を上げてから、ミーファに顔を向けた。
「お前はすぐ寄ってくるなぁ」
大きな手がミーファの頭を少し撫でた。突然のことでミーファは面食らったまま固まってしまった。
「どうせ近寄るなら初めから隣に座ればいいだろう」
「だって…」
そんなことはわかっていた。初めから隣に座れば効率がいいに違いない。もちろんミーファはトオンの隣に座りたい。だがそれは彼が言うほど簡単ではなかった。
まずトオンの許可がいる。それを貰うためには尋ねなければならない。それを今更聞くなんて恥ずかしくて堪らない。もじもじしてしまう。
言えなかったことを今から話す気にはなれなかった。やはり恥ずかしくて照れくさい。
だからミーファは全然違う話題に持っていった。
「わ、私は子どもじゃないんだから頭なんか撫でないでよ」
「はは、子どもだな」
少しだけ、トオンは笑っていた。ミーファにはそう見えた。
「そんなことよりだ」
トオンはバッサリと今までの話を切り捨てた。
「今日はどういう気まぐれなんだ?」
「今日はね」
許しをもらったミーファは隙間を全部詰めた。
「あの…驚かないでね」
「あぁ」
「そんな大事なことでもないんだけどね」
「そうか」
「あんまり期待とかしないでね」
「何なんだ」
そわそわとミーファは落ち着かない。ちょっと勇気を出して言葉にした。
「今日は誕生日なの」
ミーファは地面を向いて足をふらふらと目的もなく漂わせた。妙にこっぱずかしくて照れくさかった。
「言えばプレゼントくらい用意したぞ」
「いらないよ」
しばらくトオンは何か考えていた。
「財布を貸せ」
「え? あ、うん」
財布を返すとトオンは走って町のほうへ行ってしまった。
「本当にいらないのに…」
さっきまでトオンがいたほうから風が吹いてきた。これでは徹夜で立てた計画が台無しだ。
せっかく今日の仕事がなくなって、何もせずにトオンのそばにいられると喜んでいた。噴水を見るまでは予定通りに事が進んだ。あとはトオンに伝えたいことを言って、誕生日は終わりだった。
それなのにトオンは行ってしまった。といっても、ミーファは落ち込むどころか嬉しくてわくわくしていた。トオンが何か買ってきてくれることは分かり切っていた。何を買ってきてくれるのか思いを馳せるだけでも心が躍る。
期待はしているが、ミーファにはトオンが“女の子が喜ぶ物”を買って来れるとは微塵も思ってはいなかった。
「あ、トオン」
「プレゼントだ」
隣に座ったトオンの手の中には桃色の花飾りがあった。それにミーファは見覚えがあった。
その花飾りはもちろん造花で、桃色と水色と黄色が店に飾ってあったものだ。ミーファは水色の花飾りが気に入っていた。少し欲しかったが、必要ないと諦めたものだった。
「ありがとう」
花飾りを受け取ろうと手を伸ばしたがトオンは渡してくれなかった。
「くれないの?」
「動くなよ」
トオンはそっとミーファの髪に花飾りを挿してやった。それはトオンの思った通り、ミーファによく似合っていた。
「ありがとう。大事にするよ」
首を傾けて花飾りの位置を手のひらで確かめた。だいたい耳の上に花が咲いていた。ミーファには見えないけれどそれが嬉しくてしかたがなかった。
いい誕生日だった。
噴水を見て、トオンと居て、プレゼントまで貰えた。
去年の誕生日に何をしたか思い出せない。多分、お酒を運んでいたような気がする。その前の誕生日もきっとお酒を運んでいた。その前は父がいたからお酒を運ばなかっただろうか。父がいたのはその前の年だろうか。父はいつ魔獣退治に行ってしまったのだろうか。ミーファは思い出そうと頭を働かせたが、全く頭は働かなかった。
「おい」
トオンはミーファがひどくもたれてきたので不思議に思い声をかけた。いつもくるくる喋るミーファが何も言ってこない。
「おい」
ミーファを揺すってみたが、反応はない。
彼女が眠っていることに気づくと諦めたように深く息を吐いた。
「不思議だな」
作品名:空白の英雄3 作家名:桜田みりや