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村井新一郎
村井新一郎
novelistID. 25330
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Hexennacht

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「あらら、恋人ですかい?」
 達村修ニとはたまたま席が隣で、朝の打ち合わせ直前や放課後に喋るようになった。
 教師三年目、この学校では春にやってきた一年目の新人で、机は一応持っているが非常勤。故、隣人という便宜上から保険医の桐野道也が時々世話係をやらせられているのも、口をきいた因の一つ。
 そんな彼の口から、戯れと絡まって問いを囁かれる。職員室なかのプライベート行為は、本来厳禁。
「まぁ……そうですね」
 不意に口に当てた手が弧を描いていた己の唇に触った。いけない、ニヤけていた。
 達村がのぞき込んだノートパソコンには、まさに道也の想い人、足柄理沙からのメールの文面。もう少しで卒業、そしたら会いに行くとの前向きな報告とヨーロッパの美しい景色をおさめた写真が添付ファイルに連なる。異国の大学に身を置き、勉学に励んでいる彼女は滅多に弱音を吐かない。だからこそ仲が続いている。
「やっぱいい男はなー、俺ももてたいですよ」
「モテるモテないと恋人の有無は別物でしょう」
 道也の背の後ろで達村はバックを担ぎ直し、持ち前の低い声で朗らかに笑った。
「ま、そうですね。はいコレ、理事長が、桐野センセに届けて欲しいて」
 達村はばさりと大きな封筒を机に置く。郵便物だろう。年功序列主義の堅物理事長は新顔をパシリと同様に扱い、かつて道也もその犠牲者だった。だが今日早上がりの彼は機嫌よさげに机が並ぶ小径を抜け、先輩教師にお疲れ様ですなどと声をかけていた。
 生徒と見紛う小柄な背中を、しばしノートパソコンから目を上げて、扉の向こうに消えるまで見送った。




 ああは言っていたが、生徒と年が近いこともあって、達村は生徒には割合人気はあるほうだそうだ。
「達村ー? なんかほっそくてビミョーにチャラくてダルそうな人?」
「そそ。まぁあたしはキライじゃないよ。」
 女同士の会話はどの年代も同じような話ばかり。軽い怪我の応対などは保健委員に任せる傍ら、放課後は保健室で事務仕事をする道也は否応なしにカーテン越しでそれを聞くハメになり、先生の人気から生徒個人の悪口までダダ漏れである。
「教え方は下手くそだけど、プリントはわかりやすいし、質問したら分かるまでとことん付き合ってくれるし、話すときはチャラい風に見えるけど、実際そこまでじゃないし……根は真面目なのかな」
「うわめんどくさ。んー、でも悪い人じゃないんだ」
「まーねー。でもテスト自体はどうなのかなぁ。難しくなきゃなんでもいいんだけどさぁ」
 ほとんどの女というのは人の利欠点を見つけ出すのが男より上手い。とくに中学高校の少女たちというのは、彼女達個々が耽美するものでできた恐ろしく独善的な審美眼を以ていちいちものごとを天秤にかけ、優劣をつける。それを仲間内でもやるものだから、仲がよさそうにみえても……というのが、前に勤務していた女子校で道也が学んだことだ。
 恩師から紹介されたポストとはいえ、我ながら恐ろしい世界にいたものだと書類を整理しつつ懐古する。ハーレムだとかお医者さんごっことアホな形容をするヤツがいるが、必ずしも自分を好いてくれる女の子が周りにいるわけでもないので、そんな幸せなど程遠い。今だって保健委員といえば女の子に人気の職であって似たような環境かもしれないが、それでもいくらか呼吸は楽に思えてしまう。
「とーやせんせー」
 重たい布の仕切りを潜って係の女子がひとり顔を出す。
「苗字で呼びなさい。どうしたんだ?」
 体ごとそちらの方へ向くとキィッと椅子がやかましく軋む。そろそろ替えどきか。
「達村せんせが怪我した子連れてきました。なんか骨折れてるんじゃないかー、て」
 噂をすれば、だ。成る程もう一人の子が彼と話しているのが聞こえる。白衣に袖を通し、仕切りを押しのけた。
 怪我人はどうやら中学の男子生徒らしい。制服を着たままで、ひょろ長い体をソファに横たえている。ニ、三年だろうか。運動をやって倒れた気配ではないが、なにやら胸をつかんで苦しげにうめいている。さらに顔色が悪い。
 その顔を覗き込んでいた達村がこちらを向く。見知った顔なのか、心配そうだ。
「すみません、桐野センセ」
 きゅ、と達村が眉根を寄せた。
「喧嘩の現場を見たんですよ。止めに入ったんですがどうも強く蹴られたらしくてね。それからずーっと胸おさえたまんまで」
「蹴られたんですか……ごめんな、ちょっと様子を見るよ」
 時に加減を知らぬ少年たちは、思いもよらぬ大怪我を相手にさせてしまうことがあるものだ。
 胸にあてていた男子生徒の手をそっとどける。ぎりりと歯を見せてささやかな抵抗をしたが、痛みからだろう。中の様子をみるため、保健委員女子二人には外にて待機と告げた。
 ブレザーを外し、シャツをまくり上げると、成る程右胸あたりにあざが見えた。ほんの少しだけ押してみると、男子生徒はますます顔を歪める。額には大量の脂汗。
 さらに触診して軋轢音がするかどうか聞きたいところだが、ここまで苦しんでるとなれば、下手をすれば内蔵や血管に骨が食い込んでいる可能性がある。これ以上余計な手出しはできないし、何より彼が苦しそうだ。自分があれこれやるよりか、専門の者や機械に任せた方がいいだろう。
「これは、最悪肋骨の骨折ですね……」
 胸部固定のバストバンドがあったはずだ。応急道具がしまってある棚に行き、中を漁る道也の後ろで達村が「やっぱりかぁ……」とため息をつく。
「親との連絡は?」
「担任には伝えておきました」
 達村の言葉に呼応するように近くの壁に取り付けた内線電話が鳴った。慌ただしく受話器を取る。
「保健室です」
『あ、桐野先生ですか? 今そっちに来た、柏原って男子生徒ですがね、どうです?』
 ゆるい中年男性の声。三のニの教官だ。
「見ただけでは何とも言えませんが、肋骨を傷つけてる可能性が高いですね」
『そうですか。今ですね、家の方に電話をしたらご兄弟らしき方が出たんですがね、親御さんは両方仕事でお迎えはできないそうですよ』
「この子の通学経路は?」
『ちょっと、もうちょっとだけ待ってください……あぁ、電車で一時間半くらいと書いてありますねぇ』
 ぼりぼりと頭をかきながら「となればやはり先に病院行かせましょうか……」とすこし困った風に告げる。それを聞いたらしい達村が
「俺、病院まで車出しましょうか?」
 と提案してきた。
 
作品名:Hexennacht 作家名:村井新一郎