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灰かぶり王子~男女逆転シンデレラブストーリー~

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第3章


 日が沈んでから何時間も経った頃。
 アールイは自室で薔薇のコサージュを作っていた。
「あー…クソ!!何で俺がこんなことしなきゃいけねんだよ」
 この仕事を押しつけられたのが5日前。材料を市場で買ってきたのが3日前。……因みに、舞踏会まではあと9日しかない。
「クソ…終わらない気しかしねえ……」
 アールイは不機嫌に頭を掻いて、繊細な作業を続ける。アールイが指先に集中していると、声が、聞こえた気がした。
 鈴のような声。「フフフ…」という楽しげな笑い声。
 その、声は。声の主は。
「……母…さん?」
 もうこの世にいないはずの母、セリアンヌのものだった。
 空耳だろうか。否、空耳に決まっている。
「アル…私の可愛い……アールイ…」
 また、聞こえた。今回は確かに聞こえた。明らかに母の声だった。
「…って、んなことあるわけねえのにな……」
 アールイは自嘲気味に呟く。
 どうせ空耳だ。それ以外に理由なんか思いつかない。
 セリアンヌは死んだ。アールイの目の前で事切れたのだ。8年前、国が滅んだときに母はまるで国の後を追うかのようにこの世を去った。母は、アールイも父も国も民も皆を愛していた。愛していた国の「死」にショックを受け、病気になった。
 元々体の弱かった母は精神的にも弱くなり、毎日ベッドの中で酷く泣いていた。
 その痛々しい母の姿に、アールイは幼いながらも「守らなければ」という思いを胸に抱いていた。
 国が滅んで、母は寝込み、父はこの国の王都で働いている今、自分がこの家を守るのだと、幼いアールイはそう思っていた。
 しかし、国が滅んでから半年も経たないうちに母は亡くなった。
 アールイは絶望の淵に立たされた。大好きな母がいなくなって、自分はどうすればいいのか。父は国王だったときも今も忙しく、滅多に顔を合わすことはない。あの巨大な城の中でも、この質素な作りの家でも、アールイの生きる意味は母にしかなかった。リズという婚約者はいたが、もう会えない。それだけは分かっていた。
 アールイは母が大好きだった。

 だのに。

 父は、母が亡くなってから3年程して再婚した。相手は母の親友だったという、未亡人。
 アールイはそのとき13歳になっていた。アールイの中に、再婚した父に対して怒り以外の感情が湧くことはなかった。
 母の親友だったという、アテナ。そのアテナが、何故自分を此処までこき使うのか。しかも「灰かぶり姫」なんて名前まで付けて。
 確かに、とアールイは思う。確かに自分は全く可愛くない性格だということは自覚している。男が可愛くてもどうかと思うが、かなり捻くれていることは確かだ。