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sakura模様

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 遅くなった帰宅の途中。制服姿の透はぶらりぶらりと帰路についていた。田畑しかないただっぴろい場所に、広い間隔をあけて白い水銀灯が並んでいる。以前まで感じていた肌寒さはなりをひそめ、時折吹く風も肌に優しい。

 家へと向かう角の一つ手前で気まぐれに曲がり、暗くなり始めた野道を行く。透はカバンの中に手を入れて、透明な袋に入った色とりどりのこんぺい糖を出す。一粒口に入れて、音を立てて噛み潰しながら甘みを楽しむ。
 タンポポやぺんぺん草が咲く道を進んでいくと、隣山に通じる急勾配の坂道がある。坂道の脇には桜の木々が並んでおり、温かくなり始めた気候に合わせて膨らんだ蕾が徐々に開き始めている。
 口の中で菓子を転がしながら、透は桜を眺めて立ち止まった。少し高くなったところから、村に灯りはじめた明かりをなんとはなしに眺める。透はゆっくりと息を吐く。息はどんなに吐いても白くはならなかった。


「なあ、もし」


 声がした方に、透は振り返った。数本立った木々の一番奥の幹の間に、闇より暗いものが蟠っていた。辺りの闇に紛れそうな黒衣の着物に、結い上げられた淡く光る銀色の髪。

 この村には、とある噂があった。影法師と呼ばれる影のようなアヤカシの噂。
 夕暮れ時から夜にかけての時間。辺りを侵食し始めた闇に紛れるようにして、ソレは木々の枝や高台など高いところを好んで蟠る。しかし一たび人に目撃されると姿を消してしまう、人見知りなアヤカシ、と思われているもの。

 これに出会うのが初めてではない透は微笑んだ。
「こんばんは、影法師さん」
「私はそんな名前じゃない」
「じゃあアヤメさん」
 作り物めいた表情が柔和に崩れ、アヤメは流れるような動作で木々から透の前に舞い降りた。平素を保ったまま、透は静かに唾を飲む。
 今、一切の音がしなかったのは、気のせいだろうか。
 確かに一度、アヤメと話をしたことのある透だが、いまいちこの目の前の存在が人とは言い切れないのかもと少し失礼なことを考えていたりする。
 内心僅かに緊張している透のことなどお構いなしに、アヤメは透の手元を興味深そうに覗き込む。アヤメの視線の先には、こんぺい糖。
「きれいで、おいしそうだねー」
「アヤメさんって結構食い意地張っていますよね」
「え。そんなことないよ」
 目を真ん丸にして瞬く相手に、透は菓子を手渡す。
「はい、こんぺい糖。あげます」
 アヤメの手に桃や青、黄色のこんぺい糖が降り注ぐ。アヤメは目をきらきらと輝かせた。
「ありがとう、透君」
 とても大事そうに菓子を受け取る姿を、透は不思議に眺めた。
 アヤメが歩くと彼女が着ている黒衣の裾が風にたなびいた。強い風が続き、蕾をつけた桜の枝はそれに耐えるようにじっと身を縮めているように見えた。
「もう春だね」
 しみじみと、アヤメは手の中のこんぺい糖を食べながら言った。透は肩から下げたショルダーバックの位置を直す。
「好きですか、春」
 アヤメは透の方を振り返る。
「うーん。そう聞かれると、特にどの季節が好きというのはないね。寒いのもいいし、温かいのもいいね」
「そうですか」
 透は手頃な枝に手を伸ばし、咲いている花に触れる。淡く笑む透を見ていたアヤメは、ことりと首を傾げる。
「透君は、春って好き?」
「嫌いですね」
 ばっさり斬られた返答に、小心のアヤメは僅かにたじろぐ。透は肩をすくめる。
「嫌いっていうより、苦手かな。寒いのは苦手だから、温かくなるのは嬉しいけど。でも、温かくなって辺りが甘い花の香りがし始めると、僕は思うんです。嗚呼、またこの季節が来たって」

作品名:sakura模様 作家名:ヨル